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―――たった一つの願いを胸に

     僕らは歩き出す―――



   すいかがたべたい



第1話 旅立ち




ここはオーボン城の城下町。
そこを治める王はビュータン3世。
と言っても、人々は自由気ままに暮らしている。
市場での価格競争が活発で、何処よりも安く品物が手に入る事で有名な町でもある。
今日もいつもと変わらぬ一日だったはずだった。
そう、ある一人の少年がやって来るまでは。

一人の女性が、市場に向かうついでに散歩をしていた。
すると、遠くの方から一人の少年が歩いてくる。
黒と緑の縞模様の帽子――まるで西瓜柄だ。
そして赤のTシャツ、緑のズボンを着ている少年である。
少し太り気味で、遠くを見るような目をしている。
彼女は立ち止まり、その少年がこちらに近付いてくるのを確認した。
そして、いつも他の旅人にするのと同じように声をかけた。
町娘「ようこそ。オーボンの城下町へ。
   え?すいかがたべたい?」
   …ちょっと待っててね」
さすがに戸惑ったが、すぐ近くに兵士がいたので質問してみた。
町娘「すいかってこの町にありましたっけ?」
兵士「すいか?やけに時季外れじゃないか?
   どうしたんだ、急に?」
町娘「いや、坊やが食べたがってるんですよ」
兵士「そんなガキ、追い払ってしまえ。」
町娘は残念な気持ちを表情に出さないように少年の所に戻った。
町娘「ごめんなさい。ここにはすいかは無いわ
   え?すいかがたべたい?
   …なら、ここの王様に相談してみたら?
   北にまっすぐ行けばお城があるわ。お行儀よくできる?」
少年は町娘の話が終わる少し前に、城の方へ歩いていた。

少年は足早に城へ入っていった。
途中、数人の兵士に睨まれてることなど気にもとめなかった。
城の中央に位置する豪華な部屋の奥でふんぞり返ってる人物…
彼がここの王、ビュータン三世である。

およそ二百年前、この一帯で大きな争いがあった。
当時の南のオーボン国のビュータン一世は、
その絶大な兵力を持ちながら、一騎打ちを望んだのだ。
北のサレチ国は、長くに渡る戦争で兵力はボロボロだったので、仕方なくその勝負にのった。
しかし、ビュータン王はその剣の腕で見事にサレチ国の王を撃ち破った。
その後、王を失ったサレチ国は辺境に追い込まれたのだが、
その後サレチ国がどうなったかは誰にも分からない…

王様「なんだ?ワシに何か用か?
   なになに、すいかがたべたい?」
老人「コラ!!王様の前で何を言っとる!無礼じゃぞ!!」
王様「いや、まぁ下がっておれ」
老人「むぅ…」
王様「すいかが食べたいんだな?残念だが、ここにはない。
   …そうそう、こんな話を知っておるか?
   世界中に散らばる『竜の玉』という物を7つ集めれば、
   神の竜が現れてどんな願いも叶えてくれるという話だ。
   どうしてもすいかがたべたいなら、探してみてはどうじゃ?」
少年は今の話を頭の中で数回繰り返した。
それがどんな壮絶なストーリーの始まりになるかも知らず…
礼ひとつせずに部屋を出ようとする少年に、扉の前にいた兵士が声をかけた。
叱られるとは思わなかったが、友好的なのは意外だった。
兵士「ここから西に行けば「冒険者の洞窟」という場所がある。
   そこに竜の玉があるって噂だぞ。行ってみたらどうだ?」
少年は表情一つ変えなかった。
兵士「あ、方角なんて分からないか。
   あっちだ。あっちに行けば洞窟が見えるはずだからな。
   入るときにお金がいるから、これをやろう」
ここの世界の金貨だろうか。
妙な線が1本と、だ円が2つ刻まれてあるのが見てとれる。
兵士「くれぐれも、落としたり使ったりするなよ。
   モンスターを倒せば手にはいるが、
   そんな簡単には集まらないからな。」
少年は話が終わる前に歩いていた…


少年が町外れまで来ると、なにやらこちらに向かって来る。
「ぷよ」だ。
スライム状の青い体に、ユーモラスな表情を浮かべている。
この世界では最も弱いモンスターとされているが、戦い方を知らない者にとっては強敵である。
「ぷよ〜」
愛くるしい鳴き声と裏腹に、少年に飛びかかり噛みついてきた。
腕を振り回しても波打つだけ。掴もうと思っても滑ってしまう。
少年はやっとの思いで払いのけ、落ちていた木の棒をつかんだ。
再びぷよが飛びかかってきた。
少年は木の棒を振り上げて、ぷよを真上に高く打ち上げる。
「ぷよーーー!!?」
そして、彼の頭上まで落ちてきた瞬間に海の向こうまで叩き飛ばした。
…とうとう水飛沫すら見えなかった。
少年は何事もなかったような様子で洞窟へ入っていった。
ぷよの落とした数枚の銅貨を拾うのだけは忘れずに。


ここは冒険者の洞窟。
とある冒険好きの商人達が作り上げた洞窟だ。
商人達は客引きのために、数日前、最深部に竜の玉を置いた。
それなりに入り組んだ洞窟なので、平和なオーボン周辺の人々には難しいものだった。
だがある日、最深部に光が射した。
子供1「へへへ、やっと抜け道を作れたぜ…」
子供2「ここに竜の玉があるんだよな?なかなかの値打ち物なんだろ?」
子供3「これを売ったらかなり遊べるよな。早いところ持っていこうぜ」
子供2「…誰か来るぞ?」
子供3「え!?そんなはずは…
    見回りの係員が来るのはまだ先……」
スコップ片手に、正式な通路の方に目を向けてみれば、
たいまつの光が着々とこちらに近付いてきていた。
子供達「うわぁぁーーーーーーーーーーー!!!
    ごめんなさーーーーーーい!!!」
子供達は一目散に逃げていった。
たいまつを持っていたのは係員ではなく普通の西瓜柄の帽子の少年だった。
少年が目線を落とすと、宝箱があった。
その中に、かすかに紅に輝く拳ほどの大きさの玉
―――これが『竜の玉』であろうか。
少年はそれをリュックに入れると、元来た道を歩き出した。
彼が、数十分前に洞窟の入口で手続きを済ませた少年であり、
「すいかが食べたい」という想いを胸にオーボンから来た少年だった。

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