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第10話 始まりで終わり

うなが走るような早足で林を進むので、すいか帽とかるびはうなを見失ってしまっていた。
かるび「うなさんはどこに行ったのですか?」
すいか帽は首を傾げる。
かるび 「では、うなさんが戻るまでバーベキューでもしましょう。
     ちょうど兎がたくさん居ます。」
このセリフが無表情で出てくるのだから恐ろしい。
すいか帽「っ!!、っ!! っ!!、っ!!」
ちぎれんばかりに首を横に振るすいか帽。
だが、かるびは既に村の方に向き直っている。
林の中では村は見えないと言うのに…やはり匂いだけで方向が分かるのだろうか。
さすがに恐怖心すら覚えたすいか帽は、
とっさに拾った石をかるびの後頭部目がけて投げつけた。
かるび 「はふんっ―――」
その場に倒れ込むかるび。こうでもしないと大変なことになるのは明確だろう。
だが、次第に罪悪感がこみ上げてくる。
そうでなくとも林の中で一人倒れられていては良い気はしない。
すいか帽は仕方なくかるびの肩を担いで、先程かるびが向いた方向へと歩き始めた。


うなは全速力で地上に出た。
息をすることも忘れていたせいで、かなり息苦しい。
いや、この息苦しさは走ったせいだけではない。
周りを確認すると、早速ななの姿を見つけた。
ぐりふ「いいから来いよ!!」
なな 「いやよ! 離して!」
子分 「へへへ、いいから行こうぜ。」
見れば、ぐりふがななの手を掴んで引っ張っていた。
ななは鋭く睨んで抵抗しているものの、かなりの勢いで引きずられている。
ぐりふの隣には先程の緑色の子分もいる。
横の方に目をやると、うたが口をあんぐり開けてあわあわ言いっている。
うな 「おい、どうしたんだ?」
うた 「あわわわわ。どうしよう!!どうしよう!!」
答えになっていない。
ぐりふ「いいからついて来い! 西の河原でバーベキューパーティだ!!」
なな 「いやよ! 腕引っ張らないでよ!」
抵抗し続けたななの体も、とうとう流れるように引っ張られていった。
その間、うたはずっとあわあわ言っているだけだ。
うな 「おいおい、連れてかれちまうぞ。」
うた 「どうしよう!!?」
慌てふためく姿。これが本当に自分の父親なのだろうか…。
いや、このままではうたはうなの父親にはなれない。
うたを父親にしなければ。うなは叫んだ。
うな 「父ちゃん!!」
…盛大に失敗した。
うた 「父ちゃん?ボクはキミの父ちゃんじゃないよ。」
うな 「じゃ、なかった。うた!!お前がななを助けるんだ!!」
うた 「え?ボクには無理だよ…。
    さっきぐりふを倒したのってキミなんでしょ?
    だったら、キミ一人で助けられるじゃない。」
黄色かった顔が真っ青になっているうた。
その色の変化に比例してうなの体の色は薄くなっていく。
うな 「いや、お前が助けに行かないとダメなんだよ。
    ななを助けて、バシッと結婚しちゃえよ。
    俺はあんな暴力女はタイプじゃないんだよ。ってか母ちゃんだし。」
うた 「え?母ちゃん?」
うな 「とにかく…西の河原って言ってたよな。俺が援護するから、助けに行くぞ!!」
うた 「自信ないなぁ。」
うな 「ごちゃごちゃ言ってないで、早く行けよ!!」
うた 「わ、分かったよ……」
二人、いや、二匹は連れて行かれたななを追って西の河原へと走った。
進むに連れてうなの体は色を取り戻しているように感じたが、それもごく僅かだった。


うた 「本当に大丈夫かなぁ……」
うな 「今更何言ってんだ。あれ見てみろ。」
二人は草むらに隠れて、河原の様子を見守っている。
ぐりふ「バーベキュー! バーベキュー! 楽しいなぁ〜。」
子分 「楽しいなぁ〜。」
なな 「全然楽しくないわよ!!」
ぐりふとその子分は、ななと一緒に無理矢理なバーベキューを楽しんでいる。
ななは逃げはしないものの、二人と目を合わせようとしない。
うな 「ななは明らかに退屈そうだろ?
    お前の助けを待っているんだよ。早く行けって。」
うた 「そんなこと言われても…」
うな 「良いから行け!!」
うた 「うわぁっ!!」
うなはうたの背中を突き飛ばす。
よろめきながら登場したうたに全員の視線が集まった。
うた 「こ、こんにちは。ほ、本日はお日柄も良く…」
うな 「(やい、このデブ兎!出臍で二重顎で短足のうすのろ豚兎!って言え!)」
挨拶から始めたうたに、うなはささやかなアドバイスをささやく。
うた 「やい、このデブ兎…え?」
ぐりふ「なんだ、俺達のデートの邪魔しようって言うのか?」
うた 「あわわわわ。」
蛇に見込まれた蛙とはこのことだ。両者とも兎なのだが、ガタイも剣幕も対極的。
黄色の兎は青くなり、紫色の兎は赤くなり、青色の兎は透明になる。
このままでは本当に……
うな 「(行け!! 倒せ!! 本気出せば勝てるって!! 父ちゃん行けっ!!)」
うた 「父ちゃん?ボクは父ちゃんなんかじゃないよ?」
うな 「(あ、間違えた。いや、間違えてないけど―――)」
次の瞬間、二人の視界の端にぐりふの巨大な拳が迫った。
うた 「っ!!!」
うな 「バカ、余所見するな!!」
拳はうたの頬にめり込み、その体を林の奥まで吹き飛ばした。
うな 「あーあ。」
ぐりふ「うた!!お前、うたのクセに俺様のデートを邪魔するなんて生意気だ!!
    キュッと絞めてやる!!覚悟しろ!!」
うな 「覚悟するのはお前だ!!ぐりふ!!」
ぐりふ「何だと!!」
散々な結果に業を煮やしたうなは、草陰から飛び出してぐりふに戦いを挑んだが、
すぐにそれは過ちだと気付いた。
なな 「あ…うなさん!!頑張って!!」
体の色が瞬いたばかりか、視界まで揺らいでしまった。一気に血の気が引いてしまった。
うな 「あー…いや、じ、実は俺は回復専門なんだよ!!
    こうしちゃいられない! うた!!うた!!助けてくれーっ!!」
必死の演技の末、林へと一目散に走っていた。
ぐりふ「おい、待てっ!!」
林の雑草をかき分けて逃げるうなを、ぐりふは追いかける。
なな 「………」
取り残されたなな。
子分 「ぐりふが戻るまでバーベキューでもしようぜ。
    逃げるなよ?すぐにぐりふが、うたをキュッと絞めて戻ってくるんだからな。」
なな 「…………ねぇ」
子分 「あん?」
いい具合に焼けた野菜や肉を皿によそっていた子分。
呼びかけられたのでななの方を向いた瞬間、突然腹部に痛みと衝撃が走った。
子分 「がふっ!!?……」
持っていた皿が地面に落ちた。
目に映ったのは、子分の腹に深々とめり込むななの肘。
子分の足は地面から離れ、体はななの肘だけで支えられている。
なな 「ぐりふの強さは本物なのよね。怪我するのは嫌だから大人しくしてたの。
    でも、あんたはそんなに強くないから、今の内に…」
子分 「ぐぐ……なにを…」
ななが肘を離すと、子分の体は完全に宙に浮かび、落下を始める。
そこに間髪入れずに回し蹴りが炸裂した。
子分 「ぎゃあああぁぁぁーーー!!!」
子分の体はあっと言う間に川の水面を数回跳ねてから水しぶきを上げた。
そして、浮かんでは沈みを繰り返して川の下流へと流れていった…
なな 「ふぅ。…うたさんは本当にぐりふを倒せるのかしら。
    まさか私を助けようとしてくれるなんて……ふふっ。
    戻ってきたら手当てしてあげないと。
    ……あれ?誰かもう一人一緒にいたような…誰だったかしら?」


林を走るうなは、やっとうたの姿を見つけた。
うな 「おい、しっかりしろ!!」
うた 「う、うーん……ああ、良く寝た。」
起こす直前まではぐったりしていたが、起こしてみると意外とピンピンしている。
うた 「あれ…ぐりふはどこに…?」
ぐりふ「ここだっ!!」
うな 「っ!?」
その声はすぐ後ろからだった。
振り向いたときには既にぐりふの拳が目と鼻の先まで迫っていた。
とっさに身を翻すが、うなの体は吹き飛ばされてしまった。
うな 「ぐはっ!!」
そこにあった立木にぶつかって、その根元に倒れ込むうな。
うた 「あわわわわ…どうしよう!? どうしよう!?」
ぐりふ「へへへ…。うた!! ここでくたばれ!!」
座り込んだまま猛スピードで後ずさるうたに、ぐりふは腕を振り上げてにじり寄る。
うた (うなさんがやられちゃった……
    ななさんを助けられるのは…ボクだけ…?)
ぐりふ「逃げるんじゃねえよ。今キュッと絞めてやるからな!!」
周りを見ても木があるのみ。自分に味方する者なんていない。
ここで戦わなければ……。うたの頭の中にななの顔が浮かび上がった。
うたは無い勇気を振り絞り、手を前に突き出して呪文を唱えた。
うた 「ね、『燃火符』!!!」
手の前に札が現れ、小さな炎が飛び出し、ぐりふの体に当たる。
ぐりふ「熱っ!! …よくもやりやがったな!!」
ほとんどダメージ無し。だが、うたの勇気はまだ辛うじて残っていた。
うた 「『燃火符』!! 『燃火符』!! 『燃火符』!!」
両手を振り回して炎を連発するうた。
三つ目がぐりふの体に当たった瞬間、その炎は火種の小ささに反して一気に燃え上がった。
うた 「『ねんっ……!?」
ぐりふ「あちぃーーーーっ!!」
火だるまになったぐりふは、その熱さに悶えながら川の方へ走っていく。
そして、水しぶきを上げて川に飛び込んだ。
暫くすると、また水面から顔を出した。
ぐりふ「ぐぐぐ…覚えてろよ!!」
ぐりふはそう言い残すと、慌てて対岸まで渡ってそのまま逃げていった。
うた 「え…うそ……」
辺りが静かになった後も、うたは暫く立ち尽くしていた。
うな 「ほら、ななの所に行ってやれよ。」
倒れていたうながこちらに声をかける。
うな 「お前が倒したんだ、お前が。ななもお前のことを待ってるんだぞ。
    行って、一気にプロポーズしろ!
    お前なら大丈夫だって、ぐりふを倒したんだから。」
うた 「う…うん。じゃあ、ななさんの所に行ってくる。」
うたが河原へと向かったとき、うなの体の色は次第に濃くなっていった。
深く青く色づいたその体は、もう後ろを透かすことは無い。
うな 「か、体が元に戻った!」
わざと倒れてから炎の息でこっそり援護したのが功を奏した。
これで万事解決ではあるが、未だにうたとななの仲が上手く行くとは信じられないうな。
うなは木の陰に隠れながら河原の方へと忍び寄っていった。

うたは河原に座り込むななの姿を見つけた。
うた「な、ななさん、大丈夫?」
なな「あなたの方が大丈夫?さっき思いっきりぐりふに殴られてたじゃない。」
うた「あ、うん、ぐりふならボクがやっつけたよ。」
なな「え?ホント?あなたって見かけに寄らず、けっこう強いのね。」
まだ倒したような実感も湧かない内に誉められてしまい、何故か素直に喜べない。
そう言えば、ぐりふだけじゃなく子分の方もいたような気が…
気になって辺りを見回したが、それらしき姿はない。やはり気のせいだろうか。
うた「バ、バーベキューしようか。」
なな「そうね、料理食べましょう。」
あまりに好感触なので余計にオドオドしてしまう。
先程ぐりふ達が焼いていた野菜や肉は既に真っ黒に焦げていた。
新しい食材の置いてある方に目をやる…
が、食べ物よりも川の水面の光景の方に目を奪われた。
うた「あ!!赤ちゃんが流されてくる!!」
見れば、かなり小さな青兎がかなり疲労した様子で藻掻いている。
なな「大変! 早く拾わなきゃ!!」
その光景にななも血相を変えている。
その顔を見たうたはもう一度、無い勇気を振り絞って川に飛び込んだ。
…足がついた。水面は脇の辺りまでしかない。
うたはすぐに兎の赤ちゃんを抱え上げ、岸に上がった。
疲労と安心のせいか、その赤ちゃんはすやすやと眠り始めた。
眠る赤ちゃんを見て、二人は顔を見合わせた。
うた「なんて可愛い男の子なんだろう。ボク達でこのうさぎを育てよう!」
なな「そうね、二人で育てましょう。ねぇ、名前はどうする?」
うた「"うた" の "う" の字と、"なな" の "な" の字を取って "うな" ってどうかな?」
なな「うな…良い名前ね。そうしましょう。」
眠る赤ちゃんを抱きかかえるなな。
なな「さあ、家に帰りましょう。そして、結婚式を挙げましょう!」
二人は満遍の笑みで会話を交わしながら村へ戻っていった。

うな「…俺って捨て子だったのかよっ!
   道理で母ちゃんが俺に冷たかったわけだ。
   俺はこの先、何を支えに生きていけばいいんだろう…?」
驚きは呆れへ変わったものの、うなは落胆していた。
……確かにうたやななと自分は全く似ていない気がする。
自分は本当の生みの親に捨てられた可哀相な兎だったのか……
…生みの親?
うな「そうだ!川の上流に行ってみよう!
   俺を捨てた、本当の親がまだいるかもしれない!」
日は傾き始めていたが、うなは川沿いのなだらかな坂を上っていった。

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