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第26話 蘇った勇者

ある晴れた日の昼下がり。
ここはある小さな島の小さな町「ロイズ」。
島の半分程が低い緑で覆われている。
そう、それは西瓜の畑であった。
老人「これこれ、あまり遠くに行くでないぞ。」
子供「分かってるって、爺ちゃん」
老人「爺ちゃんとは何事じゃ!ワシの事は「お兄さん」と呼べ!」
子供「じじぃ。」
老人「こっのバカ孫がーーっ!」
呆れ返るほど平和なこの町では、ある言い伝えが根強く残っている。

その昔、この島は魔物によって荒らされようとしていた。
その時、西瓜畑から現れた守り神がその魔物を退け、この島に平和をもたらしたという。
その守り神は、緑色の体で顔には黒の縞模様。
それはまさに西瓜そのものだったことから、「すいか様」と呼ばれ、
この島の人々は彼に西瓜を捧げることでこの島の平和を願うのだ。
あまりに古くからの言い伝えだが、それを疑う者は一人もいなかった。
だが、その言い伝えが本当の事となる時が来ようとは…

そう、まさに今このときである。
突然島が黒雲に包まれ、夜闇のように暗くなる。
人々は何事かと思い、家から出て空を見上げる。
すると、何やら魔物が飛んでいる。
外との交流も薄いこの島の人々にはその魔物の名前など分からなかったが、
彼こそ世界7魔王の一人、「かぎ魔王」である。
彼が両手を合わせると、空から鈍い光を反射する巨大な石が落ちてくる。
そして地面にめり込み、その石が砕け散ったとき、中から巨大な魔物が現れた。
そう、その魔物はかぎ魔王の兄なのである。
その魔物は西瓜畑の西瓜を狂ったように貪り始める。
人々はなす術もなく島の反対側へと逃げ出した。
だが、その中で一人、多くはない群衆と反対の方向へ走る少年がいた…
少年「俺達の西瓜畑は渡さねぇ!!」
腰には輝く大剣、頭には少しくたびれた帽子。それも、西瓜柄の帽子だ。
彼の名前は「西瓜太郎」。
この島でも一般的な名前ではない事は確かだ。
山奥に住んでいたため、彼を知る者はあまりいない。
今は偶然町まで遊びに来ていたのだ。

そして彼は鍵の兄の現れた畑へと辿り着く。
だが、既にかなりの数の西瓜を食べられてしまっている。
少年「お前に西瓜は渡さないぞ!!」
少年は腰の剣を抜き、無謀にも鍵の兄のいる方向へ走り出す。
だが、運がいいのか悪いのか、鍵の兄はすっかり熟睡して、鼾までかいている。
少年は剣を鍵の兄の体に突き刺した。
鍵の兄は突然の痛みに驚き、剣が刺さったまま暴れながら海まで走っていった。
そして海まで来たとき、鍵の兄は光に包まれて消えていった。

その戦いを、遠くから見ていた者がいた。
青年「あれは…まさか…」
彼は暗闇の中、少年の西瓜の柄の帽子だけが一瞬だけ見えた。
そして彼の頭には、すいか様の言い伝えが浮かび上がる。
そう、青年の頭の中では、少年はすいか様そのものとしか映らなかった。
青年はその日の内に島の人間全員にそのことを話した。
もちろんその話は全員が信じた。
あの巨大な化け物を退ける者がいるとしたら、
この島の人々にはすいか様くらいしか思い当たらないのだ。
だが、1人だけその話を信じない者がいた…

その話はとある山奥の家にまで伝わっていた。
少年「はぁ?あの魔物倒したのは本当は俺なんだってば!」
老人「何を言っとるんじゃ。すいか様がこの島を守って下さったのじゃ。
   すいか様に感謝しなされ。」
少年「いやいやー、マジで俺が倒したんだって。
   ヤツが寝てる間に背中に剣でぶすりと。」
老人「…まさか、昨日、
   我が一族に代々伝わるあの宝剣が無くなったのは…お前の仕業か?」
少年「そうそう、あれでヤツをぶすり…」
老人「こっのバカ孫がーーっ!」
その老人は少年を歳を感じさせない勢いで蹴り飛ばした。
老人「あの剣はな、昔巨悪を滅ぼした勇者が使ったと言われる剣じゃ!
   ワシら一族は代々それを守ってきたんじゃ!
   あれを持ち出した上に、それを誤魔化そうと適当な嘘を…!」
少年「なんでだよ!!俺がこの島の西瓜畑を守ったのに、信じてくれないなんて!!」
老人「嘘をついてることはバレバレなんじゃー!!」
少年「嘘じゃねーよ!信じてくれたっていいじゃねーか!
   こんな島大嫌いだー!!!」
少年は泣き叫びながら家を飛び出していった。
自分の帽子を取るのだけは忘れずに…


少年「あいつは俺が…ぶすり…」
少年は島の北西の海岸まで来たが、島を出る方法など一つも考えていなかった。
少年「これじゃ牢獄だ…」
出たくても出られない、ほとんど誰も出たことがない島である。
彼がそう思うのは無理もない。
少年「チクショー!!すいか様のバカヤローーーー!!!」
海の向こうまで届いたであろうその声。
もちろんその声を受け止めた者はいない。
…はずだった。

???「十分叫べたかい?」
少年は驚いて振り返った。
すると、そこにいたのは、少年と同じくらいの背の高さの…。
だが、それより重要な事は、全身が緑色で顔は西瓜模様だということだろう。
少年が以前町で見た銅像と同じ姿。
そう、彼はあのすいか様と全く同じ姿だったのだ…
???「そんなにすいか様が憎いんだね、西瓜太郎クン。」
少年 「え…?
    すいか様って…もういないんじゃ…?」
混乱の中でもはっきり分かる。
あの伝説以来すいか様を見た者はいないと言いわれている。
???「そう、すいか様はもういない。でもそれは少し前までの話みたいだね。」
少年 「で、あんたは誰だ?」
???「西瓜太郎クン、キミ自身だよ。」
少年 「えぇぇっ!!?」
驚いた方が普通だろう。
目の前にいるすいか様が自分自身なのだと言われたのだから。
少年 「どういう意味だよ!?」
???「ははは、やっぱり普通の驚き方じゃなかったね。ごめんごめん。
    僕はキミの活躍と、それを誤解して信じた人たちの意識によって生み出された。
    つまり、僕はキミ自身なんだよ。」
少年 「お前が俺で俺が僕で…、訳分かんないよ。」
少年はわざとらしく頭をかきながら言う。
???「キミを見た島の人は、キミをすいか様と見間違えた。
    そして、そのお陰でこの島の人たちはまだすいか様がいると信じ込んだ。
    だけど、キミだけはそれを強く否定したよね。
    残念だけど、僕はキミのその気持ちのおかげで生まれたんだ。
    キミがすいか様の話を聞いたとき、そこで諦めていれば僕は生まれなかった。
    信じる者とそれを否定する者、その二つの気持ちがどちらとも強いと、
    僕みたいなのが生まれるみたいだね。」
少年 「つまり…」
少年は右手を挙げてみた。
少年 「いや、同じ動きはしないか…」
???「ははは、影じゃないんだからね。
    キミと僕とは全く別人、でも同一人物なんだよ。」
少年 「何言ってるかさっぱり分かんねぇ。」
少年がそう呟くと、すいか様の顔から笑みが消えた。
???「…キミがもっと優秀なら返事を待ったんだけどね…」
少年 「え?」
すいか様は突然少年の胸ぐらを掴んだ。
少年 「うわぁ!?何するんだ!?」
???「悪いけど、キミの望み通り、島から出してあげるよ」
すいか様はいきなり、勢い良く少年を海の方向に投げ飛ばした。
少年 「うわぁぁーーーー!!!……」
少年は遠く高く飛んでいき、ついには姿を確認できなくなった…
???「……また会おうね、西瓜太郎クン…」

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