戻るっ 前へ

第44話 試練の待つ山

すいか帽達が乗っている船はさる魔王のいた城からぐんぐん離れていく。
それに伴い近付いてくるのは、目の前の島…。
まるで海から突き出たかのように高い山々がそびえ立っている。
神父の話によれば、その山は「陰陽師の修行山」と呼ばれているらしい。
偉大なる陰陽師を志す者は己の技を極めるためにここに集い修行する。
修行を重ね、山頂まで辿り着いた暁には究極の陰陽術を会得できるという伝説さえある。
だが、頂上を目指し旅立った者は、帰ってきてもその詳細を語ろうとはしなかったという。
ただ彼らに言えることは、旅立つ前とは比べ物にならないほどの陰陽術を会得していたことだけだった。

神父 「私はとりわけここに用はないですが、
    どなたか陰陽術を使える方は…?」
うな 「かるびが使えるよな。」
先程からずっと遠くの空を見つめているかるびをチラッと見てからうなが言う。
かるび「焼き肉の上手な焼き方を修行しなければなりませんね。」
神父 「そうですか。陰陽術が使えるなら、ここを訪れてもいいかもしれませんね。」
どうやら神父はこの短い船旅の間に、
すいか帽とうなの二人の間の暗黙の了解を吸収していたようだ。
うな 「…竜の小玉はあるのか?」
竜の小玉――この言葉を知っている者は大陸には僅かしかいないであろう。
目の前で視線を泳がせる神父の思考回路の様子に気付いたうなは質問を変えた。
うな 「魔王はいるのか?世界七魔王。
    神竜は魔王が小玉を持ってるって言ってたよな。」
そのお陰で神父の思考回路は普段通りのものに戻った。
神父 「ここに魔王がいるという話は聞きませんね…。
    と言うよりも、世界七魔王は神出鬼没と言われてます。
    どこを住処としているかはあまり知られていません…。」
と言うのは嘘。それなりに書物を繙けばある程度は分かるはずなのだ。
うな 「だったらここに行く必要はないんじゃないのか?」
西瓜があれば別、というのは思いつかなかった。
神父 「ここでの陰陽術の技の修行は、
    いずれあなた方を有利な方向へ導くはずです。
    今は遠回りでも、ここを訪れる意義はあるはずです。」
うな 「ふーん…なら、さっさと修行して行こうぜ。」
彼女の陰陽術にはいつも助けられている。
その力がさらに強いものになれば、どれだけ助かるだろうか。
四人は、既に目の前まで来たその島に上陸する準備をしながら話す。
神父 「かるびさん、覚悟はできてますね?」
かるび「はい。焼き肉のためなら何でもします。」
神父 「何があってもその意志を曲げないことです。
    そうすれば、どんな試練でも乗り越えられます。」
かるび「もちろんです。」
この神父の何かからの引用のような言葉の棒読みからは、
かるびの意志がどんなに強いものかを理解したような素振りは見られなかった。
うな 「よし、もうすぐ上陸だ。」
船はだんだんと岸に近付いていく…

しかし突然、船が激しく突き上げられる。
そして四人の体と共に反り返りながら宙を舞ったかと思うと、
船底を激しく水面に打ち付けて、さらに跳ねる。
かるび「きゃぁっ!!」
うな 「な、なんだ!?」
神父 「まさか…岩礁にぶつかったのですか!?」
船底は悲鳴を上げながら、訳も分からないままの四人の体を激しく揺すぶる。
しばらくして、やっとその揺れが収まったとき、船は陸の砂浜まで乗り上げていた。
穏やかな潮の流れが傷だらけの船体を優しく撫でている。
神父 「こんな所まで…」
うな 「ふ、船は大丈夫なのか?」
その言葉にはっと気付いた皆は急いで船底の様子を確認するために砂浜に飛び降りる。
すいか帽が一度振り返った時、かるびは1人で船に残って山を見上げていた。
その後数分間、三人は船底に空いた大穴を見つめたまま声も出なかった。
うな 「あーあ。」
神父 「これでは沈んでしまいますね…。」
空いた穴は予想以上に大きかった。
さらに、形の様々な小さな穴もいくつも空いている。
まるで自分たちを歓迎していないかのような仕打ちに、ただ呆然とするしかなかった。
暫くの沈黙の後、神父が提案する。
神父 「…皆さんがこの山を登っている間に私が直しましょうか?」
うな 「え、いいのか?」
神父 「陰陽術を使えない私はこの山を登っても何もないですから、
    あなた達だけでもいち早く山に登るのが最善策ではないでしょうか。」
二人はむしろ、この神父の息苦しい話し方から逃れる方法があったのかと心の奥で喜んだ。
ただ付いて来たくないだけじゃないのか、とは気にも留めなかった。
うな 「…悪いな。じゃあ俺達は行くからな。」
神父 「では、お気をつけて。」
うな 「行くか、すいか帽。」
大股で船のへりの方に行きかるびに声をかける。
うな 「おーい、かるびー!降りて来いよー!」
かるびは呼ばれた後も少し山の上に意識を向かわせたままだったがすぐに飛び降りてくる。
着地で少しよろけたがすぐに体勢を整え直す。
うな 「何を見てたんだ?」
かるび「この山の頂上にある焼き肉の食材を目指しましょう。」
うな 「分かった分かった。さっさと行こうぜ。」
三人は山の麓に開けた大きな洞窟に向かう。
山の形状から見れば、麓と言うよりは付け根と言った方がいいだろうか。
外からの光も無いのに明るさを保つ洞窟に、三人は足を踏み入れる…。


先程の船の座礁でも分かるように、
この島、いや、この山はあまり人が近づけない場所になっているはずだ。
しかしこの洞窟にはほぼ等間隔にランプが灯されている。
この完璧なまでの安全対策が施された洞窟を通っていて、
一体何の修行になるのかは未だに理解できなかった。
うな 「何か修行になる物、あるか?」
かるび「……。」
もう慣れたはずの二人の沈黙に誘い込まれてしまううな。
そう言っている間に道幅は広くなっていく。
はっきりとした感情として現れなかったものの、三人ともかなり呆れていた。
さらには開けた大きな部屋のような所に出てしまう。
うな 「…ここは本当に洞窟なのか?」
まるで人の手で整備された建物のような部屋だ。
だが、嫌な予感がした。
オーボンでもさる魔王の城でも、広い部屋では必ず嫌な敵と出会した。
無意識の内に腰に下げた武器に手が行く。
しかし、その部屋にいたのは…

 「よく来たな、すいか帽。」
すいか帽「 !」
何故自分の名前を知っている?
その部屋の灯りが光を増し、その答えは出た。
しなやかで細い青い体に、月光を思わせる細い瞳。柔らかくなびくマント。
過去の世界に飛ばされたとき、竜の玉を手に入れるためにオーボンの地下で戦ったアボカドだ。
うな  「お前は確か…」
アボカド「私はアボカドだ。
     50年前にお前達に敗れたのでな、ここで修行し直していた所だ。」
神々しい青い体はランプに照らされ紫にも輝く。
どうやら、あの時戦った過去の世界はちょうど50年前の世界だったようだ。
かるび 「ここに焼き肉の食材はありますか?」
アボカド「……。
     お前が来るのを待っていた。
     あの時、お前達が未来から来たことは。すぐに理解できたからな。
     私にとっての50年前の戦いで、お前は陰陽術を使っていたはずだ。
     どうだ?陰陽術のみ、一対一で一戦交えてみないか?」
かるび 「…は、はい?」
自分に言われているのだと気付いたのは言い終わってからだった。
気の抜けた声をこぼし、助けを求めるようにすいか帽たちの方を見るが、
彼らは壁際に向けて後ずさりをしていた。
アボカド「一対一、陰陽術のみで戦うことにしよう。」
アボカドはマントをなびかせ構える。
うな  「が、がんばれかるび!」
かるび 「…。」
かるびは歯を食いしばって頷き、戦闘態勢に入る。
両者の周りの風が緩やかに渦巻き始め、壁のランプがカチャカチャと音を立てる。

戻るっ 次へ