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第52話 故郷の災い

船は一時間程でロイズの町がある島に到着した。
すいか帽とうなが看病していたが、かるびの熱は一向に冷める気配を見せない。
様態の悪化はなんとか防いでいるものの、医療の知識など微塵もない三人には何もできなかった。
神父  「では私は、島の様子を見てきますね。」
神父は船から離れて行ってしまった。
彼はかるびの使うような神官魔法を使えないのだろうか?
…使えたとしても効果は期待出来ないだろう。二人の思考回路から彼の姿は消えた。
うな  「あ、焼き肉があるぞ!!……」
かるび 「………」
うな  「…ダメか。」
僅かに目を開いただけで、いつものような反応は見られなかった。
目は虚ろで、熱のせいで顔は赤くなり、しきりに深呼吸している。
すいか帽「……」
すいか帽はかるびの額に乗せていた冷やした布を取って水につけて絞り、
額にかかる髪を分けてからもう一度同じ場所に乗せる。
髪は汗のせいで湿っていたが、それでも艶やかだった。

暫く経って、神父が戻ってきた。
うな  「どうだったんだ?医者はいたか?」
神父  「いえ、何というか、その、見つけ……そう!見つけられなかったんですよ!」
すいか帽「……?」
うな  「どういうことだ?」
神父  「えーと…
     …まぁ、ただ、偶然にも留守だっただけかもしれません。
     それより、ここよりも宿屋のベッドで寝た方が良いのではないでしょうか。」
確かに、この船にあるベッドは少し固く、寝ると逆に肩が凝りそうなほどだ。
客を寝かせることに特化した宿屋ならば、そんな問題は皆無である。
神父  「かるびさん、歩けますか?」
かるび 「は…はい……歩きます…」
そう言うとかるびは、荒い呼吸を押し殺し、力を込めて毛布を持ち上げながら起きあがる。
だが、そのまま力無く前に倒れ込んでしまった。
うな  「お、おい!無茶するな!」
かるび 「い…いえ……自分で…歩きます…」
毛布から出した足を床に着く。
そして、立ち上がるまでの一連の動作…それを、普段の倍の時間をかけてまで立ち上がった。
立ち上がってすぐ、フラフラとすいか帽の肩に寄り掛かってしまう。
かるび 「うぅ……」
すいか帽「………」
神父  「ま、まぁ、宿屋に着くまでの辛抱ですから…。」
かるびが転んでしまわないように細心の注意を払いながら、一行は宿屋に向かった。

宿屋に着いてから、かるびはぐったりと眠っていた。
いつもの幸せそうに涎を垂らす寝顔とは正反対、眠りについた後も苦しんでいた。
宿の従業員の一人が看病についている間、
すいか帽、うな、神父の三人は、薬でもないものかと町を歩いてみることにした。
すいか帽の記憶の奥で賑わっていた町の景色と少しだけ違っていた。
出歩いている人間が少なく、賑わっているとは言えない状態なのだ。
うな 「なぁ、何か見つけられそうか?
    ……え?すいかが食べたい?
    そう言えば、ここでもすいかを作ってるって言ってたような…」
その時、道の脇に座っていた老人が突然立ち上がった。
老人 「すいかが食べたいじゃと!?すいかを食べてはならん!」
神父 「な、何ですか急に…」
うな 「なんでだよー。すいかを食べるくらいでバチは当たらないだろ?」
老人 「そうでもないんじゃ。
    この先には『すいか様』の石像があるんじゃ。
    すいか様はな、その昔この村を魔物から救ってくださったんじゃ。
    だから、村を救ってくれたすいかを食べるなんて、以ての外じゃ。」
…すいか様の石像?
すいか帽の脳裏の記憶に裏付けられた疑念。
確かあの時――と言っても、未だに自分の記憶と思えないのだが…
魔物の元へと向かった"西瓜太郎"が、逃げ惑う人々の人混みをかき分けて走った時。
その時も、確かにすいか様の石像を見た……気がする。
うな 「あーあ、すいか様がいなければすいかが食べられたのにな。」
老人 「この島での言い伝えじゃ。郷に入っては郷に従えと言うじゃろう。」
もしもすいか様の言い伝えが無ければ、すいか様と間違われることはなかった…。
そして、育ての親であるあの老人を含めた周りの人々に、嘘つき呼ばわりされることもなかった…。
うな 「まあいいや。とりあえず、すいか様に頼んでみるか。」
我に返ったすいか帽は、うなと神父の後を追った。

三人が向かった先には、見覚えのあるすいか様の石像が立っていた。
姿形から大きさまで忠実に再現されており、目撃した誰かが作ったとしか思えない。
その石像の完成度もさることながら、その前に置かれているものが…
うな  「すいか発見!!早速持って帰るぞ!」
そう、西瓜が置かれていたのだ。
老婆  「こらこら、お供え物に手をつけるでない!」
うなとすいか帽が走り出した瞬間、それを阻止する声が上がった。
見ると、老婆が一人と、巫女の装束を纏った女性が一人いた。
別の所では、一人の商人が暇そうにこちらの会話を聞いていた。
神父  「供え物…ですか?」
巫女  「このすいかは、すいか様へのお供え物ですよ。」
老婆  「ここはすいか様を奉ってあるんじゃ。
     すいか様には、毎日すいかを捧げないといけないんじゃ。
     だから、我々はすいかを食べてはいけないんじゃ。」
うな  「奉ってるのは見れば分かるけど…
     …なんだよー、供えるだけじゃ勿体ないだろー。食わせろよー」
老婆  「私の話を聞きなさい。」
うなの言葉は切り捨てられる。
老婆  「その昔、この村が魔物に襲われたことがあったのじゃ。
     その時、すいか畑からすいか様が現れ、魔物を退治して下さったのじゃ。
     その日以来、この村ではすいか様を奉り、すいかを供えることにしたんじゃ。
     今ではもう、すいか様が現れることはなくなってしまったがのう。
     平和の証ということなんじゃろうか。」
…すいか様が現れない?
いや、現に自分達は三度も見ているのだが…
老婆  「すいか様に感謝しなされ。
     我々がこうして平和で暮らしていられるのも、すいか様のおかげなんじゃ。」
神父  「なるほど…。この島にはそんな言い伝えが…
     でも、実際に見た人はいるんですか?」
老婆  「随分昔の話じゃ。わしが生まれるよりもずっと前の…」
巫女  「でも、つい最近にも一度だけ現れたのよ。
     西瓜畑を荒らす魔物がやって来たとき、すいか様が現れてその魔物を退治したらしいの。
     …でも、もう西瓜畑はほとんど残ってないのよ。
     だから私達がすいかを食べていたら、すいか様にお供えする分が無くなってしまうの。」
老婆  「そう言えばそんな話が、あったような無かったような…」
商人  「覚えてなかったんですね…」
…すいか様が魔物を退治した?
いや、違う。退治したのは…"西瓜太郎"だ。
それをすいか様と見間違えるとは…
神父  「供え物を優先ですか…。よくそんなことができますね……」
巫女  「え?何か言いましたか?」
神父  「あ、いえ、なかなか素晴らしい信仰心だと思いますよ。えぇ。」
巫女  「? いえいえ、どうも…?」
神父  「…あぁ、だから私も神竜様に飛ばされたんでしょうか…?」
巫女  「あの、よく聞こえないんですけど…」
神父  「あ、いえ、こっちの話です。ええ。」
巫女  「………。」
うな  「そう言えば、俺達もすいか様に散々助けられたな。」
すいか帽の方を向きながらぽつりと話す。
老婆  「…何の話じゃ?」
うな  「すいか帽の守り神とか何とか言ってたな、確か。」
すいか帽「…。」
ぼんやりと頷くすいか帽。
巫女  「すいか様を見たんですか?」
うな  「ああ…確かにこんな形をしていたな。」
そう言って石像を指さすうな。
老婆  「なんと…この村でもすいか様を見た者はごく僅かだと言うのに…
     …この島に留まっているわけではないのかのう。」
商人  「…まさか、またつまらない冗談ですよねぇ?」
この商人は、うなの言葉を疑っている様子だ。
うな  「本当だって。確かにこの目で…
     さる魔王とか、あっと言う間に捻り潰したぞ?」
神父  「まぁまぁ、落ち着いて…」
…彼も信じていないようだ。ずっと船で待っていただけなのだから。
すいか帽「…っ!!!」
ふと異変に気付いたすいか帽の目に驚くべきものが映った。
眩しく降り注いでいたはずの太陽の光が遮られたので、その方向を確かめる。
立派に直立するすいか様の石像。その上に乗って、すいか帽への日光を遮る影。
緑色の体に、すいか帽の帽子と同じ黒の縞模様
…紛れもなくすいか様本人ではないか。
すいか帽は上を向いたまま、開いた口が塞がらないといった状態だ。
うな  「…ん?」
何かに気付いた様子のうな。
すいか帽はうなたちの反応を確かめるため、視線を下ろした。
うな  「何だこれ、よく見たらすいかのビーチボールじゃん。」
…確かに供えてあるのは西瓜ではない。
だが、そんな場合ではないはずではないのか?
老婆  「まだすいかの季節じゃないからのう。仕方ないじゃろ。」
うな  「おじさん、すいかは売ってないのか?」
商人に話しかけるうな。
商人  「売ってないですよ。私が売ってるのはすいかのサブレですよ。
     せっかくだから一つ買っていって下さいよ。」
うな  「…いらんっちゅーの。」
神父  「さすがに、去年のすいかが残っているわけでもないですよね。」
巫女  「すいかって日持ちしないのよね。」
すいか帽はもう一度、石像の上のすいか様を…
いや、見ようとしたのだが、既にそこにはいなかった。やはり見間違いだったのか?
うな  「時期はとっくに過ぎてるのに、すいかの日持ちのせいかよ。」
巫女  「あら?違うかしら?」
しかし次の瞬間、すいか様が空から降ってきた…ように見えた。…ジャンプしたようだ。
そして、すいか様が着地したのは供え物の偽物の西瓜のすぐ隣。
その西瓜…いや、ビーチボールを見つめている。
巫女  「大昔は、すいかが何年も長持ちしていたという話があるんですよ。」
神父  「それはさすがに嘘くさいですよね…」
巫女  「…聞こえてますよ。」
神父  「あ、いえ、今のはこっちの話ではないですから。」
うな  「まぁ、すいかが悪いわけじゃないよな。魔物が畑を荒らしたせいだよな。」
…そこにはすいか帽以外に五人の人間がいるはずだ。
そして、さらにもう一人…すいか様がいるはずだ。
それなのに、誰一人としてその存在に気付かない。
すいか帽は、どうにかしてそこにいる人に伝えるべきだと、方法を考えた。
そんなすいか帽の見てる前で、すいか様はそのボールを勢い良く蹴り飛ばした。
神父  「あっ!!?すいかがっ!!?」
ボールはあらぬ方向へと高く飛び、老婆に当たった。
老婆  「あいたっ!!なんじゃ、何が起こったんじゃ?」
巫女  「ビ、ビーチボールが勝手に動いたわ! ポルターガイストよ!」
うな  「ポルター…何だ?」
商人  「ポルターガイストですよ。最近よくあるんですよ。
     突然、机とか皿とか動き出したりするんですよ。」
巫女  「最近多いのよ、ポルターガイスト。」
慌てる三人を余所に、この町の人は随分と落ち着いている。
すいか様はその様子をじっと見据えていた。
そして…、すいか帽と目が合った。
数秒間、お互いに目を合わせたまま沈黙が続いた。
そして、すいか様は何も言わないまま空へと視線を移し、
薄緑色の光を纏って空へと跳び去ってしまった…。
うな  「すいかのビーチボールしかないんじゃ、ここにいてもしょうがないな。
     ポルターガイストもいるみたいだしな。」
神父  「そんなことより、かるびさんが心配ですしね…。」
うな  「あ、そう言えば薬を探しに来たんだっけ?あはは、ついすいかを探しちゃったよ。」
神父  「医者でもいれば…って、忘れてたんですか!?」
うな  「…冗談だよ。」
うなはばつが悪そうに言った。本当に冗談だったのだろうか。
巫女  「誰か病気なんですか?」
うな  「あぁ、仲間が一人な。確か…西瓜風邪、だっけ?」
老婆  「なんと、西瓜風邪とは…不憫じゃのう。」
隣の巫女も老婆の言葉に同調した顔だ。
神父  「なんとかならないものでしょうか?」
商人  「あの病気は、自然にしか治らないんですよ。
     医者も、薬の知識を持つ人も、みんな寝込んでるし…」
神父  「だから人が疎らだったんですね…」
商人  「伝染するけど死にはしないし、隔離して待つしかないですよ。」
うな  「おいおい、縁起でもないこと言うなよ!!」
他人事のように話す商人に声を荒げるうな。
商人  「……」
うな  「とにかく…何か方法があるはずだ。もっとよく探してみよう。」
うなと神父は石像から離れて歩き出す。
だが、すいか帽はその場で硬直していた。
うな  「すいか帽、どうした?」
すいか帽「………」
うな  「どうしたんだ?らしくないなぁ。いや、そうでもないか。
     え?…すいかが食べたい?
     そうだよな。期待したのにビーチボールだったもんな。」
三人は石像を後にして、さらに町を歩くことにした。
歩きながら、すいか帽はもう一度空を見上げた。
青く晴れた空に、眩しい日差し。
先程、その日差しは確かに遮られた。あのすいか様に。
故郷を懐かしめない、釈然としない気持ち。
西瓜風邪が流行り、すいか様への信仰は加速し、そのすいか様の存在に誰も気付かない。
…疑念を解消したいのは山々だが、やはりかるびのことが心配だ。
海に取り囲まれたような狭い町を、三人は歩き続ける。

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