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第53話 明日になったら

病を患い床に伏すかるび。
そして、彼女を救わんと医者や薬を探し歩いたすいか帽、うな、神父。
しかし、今日一日の彼らの努力は遂に無駄に終わってしまった。
昼の商人の言葉は正しかった。
医者は皆西瓜風邪で寝込んでいて診察不可能。
薬を作れそうな人間も、とても表に出られる状態ではなかった。
…そもそも治療法が解明されていないという話さえある。
さらに酷いことが、宿屋に戻ってからも立て続けに起こった。
かるびを看病していた宿の従業員に西瓜風邪がうつってしまったのだ。
代わりに他の従業員が看病に当たったのだが…うつってしまった。
小さい宿屋で二人も減ればそれこそ商売にならない。
戻ってきた三人は、他に客もいないのに宿の掃除などを手伝わされる羽目になった。
その間、すいか帽たちは交代でかるびの看病をしていた。
宿の夕食も喉を通さない程に苦しむかるび。
彼女のあの食欲を奪うのだから、かなりの重症だ。
三人は夜を明かす覚悟で付きっきりで看病をしていたのだが、…脱落してしまった。


すいか帽の目の前には、暗くも澄み渡った空が広がっていた。
海は月の光を反射して輝いている。
遠く前方に見えるのは…島だ。
…それも、かなり見下ろした場所にある。
そこでやっと気付いた。自分は飛んでいるのだ。足は地面から遠く離れている。
島はぐんぐん近づき、そしてふわりと着地した。
足下にあるのは…石、石像。それもすいか様の。
石像の前には、もう何度も見たようなビーチボールが置いてあった。
見ていると突然、それを蹴って遊びたくなった。
昼にも蹴ったように蹴り飛ばしてみようか………『昼にも』?
足を振り上げた瞬間、足の感覚が無くなった。
自分は昼にビーチボールを蹴っただろうか?
確か、昼には………

すいか帽「…っ!」
目を開けると、宿屋の一室にいた。
…どうやら、夢を見ていたようだ。
まだ外は真っ暗だ。日の昇る気配は無い。それどころか、月が高々と昇っている。
神父  「……寝ていたんですね…そうですか…
     ふわあぁ……んー…」
すいか帽は考えた。たった今見た夢のことだ。
夢の中で、例の石像の前に自分がいた。
…そこに何かあるのだろうか?
昼と同じような光景から、すいか様に関係があるのだろうか。そう考えた。
うな  「グーグー……。」
相変わらず、うなとかるびはぐっすりと眠っていた。
すいか帽は、外に出ようと立ち上がった。
うな  「う、うーん、むにゃむにゃ。
     どこ行くんだ?トイレか?………う、うーん…グガー、グガー。
     ………トイレにいっといれ。」
親切にもその寝言をしかと聞いたすいか帽。
神父  「こんな夜更けに何処へ行くのですか?
     …え?すいかが食べたい?
     そうですか、お気をつけて。」

すいか帽は外に出た。
先程の夢と同じ、暗くも澄み渡った空が広がっていた。
静まり返った通りを真っ直ぐ歩く。
次第に人の住む建物も疎らになり、小さい森が近づいていた。
そして、昼と同じすいか様の石像の前に立った。
昼のことを思い出しながらじっと立っていると、すぐに後ろから声がする。
  「やぁ、西瓜太郎クン。」
すいか帽は驚いて後ろを振り向いた。
…すいか様だ。
すいか帽は後ずさり、すいか様の目をじっと見つめた。
すいか様「キミには僕の姿が見えるんだね。
     ずっと昔は、みんな僕のことが見えてたんだけどね。
     今はもう、この島ではキミだけにしか見えない存在なのかもね。」
距離を取ったまま耳を傾けるすいか帽。
確かに目の前にはすいか様がいる。
それを心の中で確認した矢先、すいか様の姿が薄れて消えた。
驚いて辺りを見回すと、すぐ後ろにすいか様の姿があった。
足下のすいか…いや、ビーチボールを見つめている。
すいか様「すいか、美味しいのにね。みんなで食べればいいのにね。
ビーチボールを投げ上げて頭に乗せるすいか様。頭が二つあるように見える。
すいか様「この島にはまるで不思議な空気が漂っているみたいだね。
     すいか様の存在を信じて、神様か何かのように奉って…
     でも、それはこの島だけのものじゃないと思うんだよね。」
そう言うと、すいか様はまた消え、すいか帽の横に現れる。
ビーチボールは静かに落ちて弾んだ。
すいか様「前にも言ったけどね…
     すいか様の伝説を否定しているのは世界でもキミだけなんだよね。
     もし他にも伝説を否定する人間がいれば、その人にも僕の姿が見えるんだけどね。
     …誰も疑わないんだよね。
     キミの仲間たちも、初めて聞いた伝説を信じちゃったよね。」
話している最中にも、すいか様は何度も立ち位置を変える。だんだん目が回ってくる。
すいか様「西瓜風邪……あれを広めたのは僕なんだよね。
     遠くの大陸で弱っていた病原体を見つけて、この島に持ってきたんだ。
     それに、あの子を西瓜風邪にしちゃえば、キミはここに来てくれると思ったんだよね。
     治す方法を知っているのは、たぶん僕だけだね。」
西瓜風邪を治す方法…それが分かれば、かるびを助けられる…?
すいか様「その通りだよ。」
すいか帽「…!??」
自分の耳を疑った。声を出していないのに…
すいか様「キミのポケットに勾玉が入ってるよね。それを僕に渡してくれないかな?」
疑問を解消する暇は与えられなかった。
すいか帽はポケットに入れていた、緑と黒の勾玉を手に取った。船に乗る前に拾ったものだ。
夜闇のせいでほとんど真っ黒にしか見えなかった。
勾玉を持った手をすいか様に向けて差し出すと、すいか様はこちらに近づいてきた。
近づくにつれて、勾玉から薄緑色の光が発せられた。
そして、ついに視界全体を覆い、すいか帽の体の感覚は薄れていった…


うな 「……おい! すいか帽! 起きろって!」
自分を呼びかける声が聞こえ始めた。
体が重い。頭が痛い。
かるび「すいか帽さん! 起きて下さい!」
うな 「…なんでこんな所で寝てるんだよ。」
聞き覚えのある声に、すいか帽は驚いて目を開けた。
かるび「あ…お、起きました!」
見れば、そこにはいつものように笑っているかるびがいた。
頭痛も倦怠感も嘘だったかのように吹き飛んだ。
うな 「え?すいかが食べたい? 知ってるって。
    それより、手に何持ってるんだ?何か拾ったのか?」
言われてみて、左手の違和感に気付いた。
手を開くと、そこには勾玉があった。
緑と黒。しかし、昨夜までのものとは違っていた。
模様がはっきりと縞模様になっていたのだ。
それも、西瓜の模様を連想させるように。
神父 「さて、かるびさんの病気も治ったことですし、そろそろ出発しましょうか」
うな 「そうだな。ここにはすいかは無いみたいだしな。」
すいか帽が立ち上るのを待ってから、3人は歩き始めた。
後ろからついて歩きながら、勾玉を見つめ続けるすいか帽。
少しばかり温かいのは、自分がずっと握っていたからだろう。
ポケットに放り込んで、仲間たちとの間を詰めるため走る。

4人の乗る船が島を離れる。
すいか帽が振り返ると、見覚えのある景色が見えた。
北西の海岸、そして砂浜…。
あの砂浜には、あの時の足跡は残っていないだろう。
投げ飛ばされたときに千切った雲も今は元通りだ。
しかし言葉と記憶は今も失ったままだ。
それが不幸だとは思わなかった。
今こうやって一緒に旅をする仲間がいるのだから…

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