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第56話 危機に次ぐ危機

50年前から既に廃墟となっていたオーボンの外れの砂地。
そこは荒廃しきった、静けさに包まれた土地。
しかし、その静寂は今まさに破壊され始めていた。
輝きの薄い剣を持ち、異彩を放つ服を纏った旅人風の男。…すいか帽はどこかで見たような気がした。
その剣の切っ先は、地面に倒れた金髪の男に向けられている。
すいかのワッペンを肩に付けた少年は横で震え続けていた。

すいか帽たちは、ワッペンの少年の叫び声で全てが理解できた。
間違いなくタヒチの声。そして金髪の男はかげ魔王。
うな  「―――だってさ。」
神父  「え?…ちょっと待って下さい……えっ?」
??  「何!?それは本当か!?」
旅人  「文献や噂の情報からして、間違いないな。」
タヒチ 「だから言ったのに…だから開けるなって言ったのに!!
     何で開けたんだよ!!俺だけで良かったのに!!」
頭を抱えて喚き散らすタヒチ。すいか帽たちには状況がさっぱり飲み込めない。
旅人  「待て、少し落ち着くんだ。
     確かにこいつは世界最強とうたわれたかげ魔王だが、それがここまで弱っているんだ。
     ここまでこいつを弱らせる程の一大事が起こった…とは考えられないだろうか。」
??  「なるほど!!それは確かに気になるな。」
すいか帽たちから見ると、人間の姿は三つしか見えない。
だが、タヒチでもかげ魔王でも三人目の男でもない者の声が、彼らの方から聞こえてくる。
…今はそれどころではないのだが。
タヒチ 「今はそれどころじゃないだろ!!!」
かげ魔王「そんな物ねぇよ……
     ……ん?あそこにいるのは…」
四人組はかげ魔王と目が合ってしまった。
だが、殺気はあれど覇気は無い。倒すなら今しかない、チャンスだと確信した。
うな  「とりあえず、今の内にあいつを倒すぞ!!
     魔王なんだから『竜の小玉』持ってるよな!!」
先手必勝とばかりに、状況を把握しないまま戦闘態勢に入った三人。
すいか帽とうなは走り出し、かるびは呪文を唱え始めた。
倒せる内に倒しておく……50年前の世界でのかげ魔王の言葉を思い出してしまう。
神父  「えっ?…えええぇぇっ!!?」
うなはすいか帽よりも早くかげ魔王に接近した。
かげ魔王はふらふらと立ち上がる。
旅人  「…何だ?」
??  「だ、誰だあいつら?」
かげ魔王「…一番会いたくない奴らに、今会うとはな…」
腕を引きずるようにして構えるかげ魔王に、うなは飛びかかりながら短剣を振り下ろす。
うな  「くらえっ!」
乾いた音と共に、短剣と爪がぶつかり合う。
かげ魔王が手を払い上げると、勢い余ったうなの体はかげ魔王の頭上を飛び越した。
うな  「くっ…!」
そのまま体を捻って着地する。やはり兎の体は動きやすい。
かるび 「『凍結符』!!」
かげ魔王「フン…」
走るすいか帽の後ろから氷柱が現れ、緩やかなカーブを描きながらかげ魔王の胸元に飛び込んだ。
だが衝突する寸前に、かげ魔王は足元の小さい瓦礫を直立したまま蹴り上げる。
氷と石が激突した瞬間、氷は砕け、暑さで蒸発していき、水蒸気が一帯に広がり視界を遮った。
すいか帽『氷斬破!!』
水蒸気に映ったかげ魔王のシルエットに向かって剣を振り下ろすすいか帽。
剣から放出される冷気はさらに濃い水蒸気を発生させる。
影の真ん中に刃が入ったが、すぐに金属音と共に受け止められてしまう。
次の行動を窺うため、剣で弾いて一旦距離をとるすいか帽。
かげ魔王の腕力は、以前に戦ったときよりも遥かに劣っていた。
うな  「やったのか?」
神父  「ななな…この人たち意外と強い…?」
一瞬で移り変わる戦況を前に、神父は驚きに支配されたままだ。
大量の水蒸気は、暑かった砂地を一気に冷やしていく。
??  「…おおっ、なんか涼しい…?」
風は穏やかだったが、霧はすぐに晴れた。
だが違和感があった。霧の中心にいたはずのかげ魔王の姿が無いのだ。
かるび 「え……?」
うな  「居なくなったぞ!?」
旅人  「…っ!! う、上だ!!」
??  (ベタだなー…)
五人は一斉に空を見上げた。確かにかげ魔王が空中に居た。落下も上昇もせずに滞空している。
かげ魔王「クローズストーンの中の"無"ってやつは時間の流れさえ止めてしまうらしいな…
     お陰で、涼しい真夜中からクソ暑い昼間に一瞬で切り替わったみたいだったぜ…」
タヒチ 「た、確かに…」
うな  「そんな事言われてもわけ分かんねーよ。」
かげ魔王「体を冷やしてくれたこと、感謝するぜ…。お陰で体が軽くなった…
     お礼に、俺の本当の実力…の一割ほどを見せてやるぜ…
     クックック…たった一割。今の俺は機嫌が良いなぁ…」
すいか帽「……?」
空中で構えて力を溜めるかげ魔王。こちらの攻撃の届かない高さにいるので手が出せない。
そして、かげ魔王は溜めた力を放つように手を天に向け、高らかに叫んだ。
かげ魔王「『世界』!!」
……―――――――

次の瞬間、瞬く隙さえ与えられない程の僅かな時間の間で変化は起こった。
まず、一瞬だけ全ての視界が奪われた。最初に黒い闇、次に白い光、そして最後には元の景色。
そのせいか、頭を揺さぶられるような感覚に襲われた。
光の次に降りかかったのは突風。体中が押し潰されるような強い風。
そして音。耳に無理やり潜り込んで来るような、高く重い音。
光は一瞬だったが、風と音は続いている。
何事かと目を開けてみると、いつの間にか腕を組んだかげ魔王のすぐ後ろに岩石がある。
いや、ただの岩ではない。まるで隕石のように巨大で、真っ赤な衝撃波を纏っている。
それも一つではなく三つ。どれも至近距離で、直径が人間三人分を超えるものばかりだ。
タヒチ 「っ――!! っ――!! っ――!!」
神父  「っ―――――――!!!」
旅人  「あれは『メテオ』の技か…!!」
??  「時空の裂け目を作って隕石を呼ぶ…っていうアレか!?
     でも、あんな一瞬で同時に三つも出すなんて不可能だろ!?」
隕石は既にかげ魔王を隠すまでに近づいていた。
かるび 「と、止めます!!」
すいか帽「っ!!」
札を作り出すかるびと、剣を構えるすいか帽。
うな  「無理だっ!!逃げろ!!」
そんな事お構いなしに、二人の頭を掴んで走るうな。
かげ魔王「そうさ、無理さ……無理っ無理っ無理っ!!!
     お前ら如きがこの俺を倒そうなんて、どう足掻いても無理なんだよ!!
     ここで一思いに死んでしまえ!!」
隕石が地面にめり込んでいく。
そこから吹き出す粉塵の輪、突風の波。
地面は捲れ、六人の体はいとも簡単に宙に浮いた。
その時、すいか帽の荷袋で何かが光り始めた。
薄い青色のその光は、六人の体を包み込む。
かげ魔王「な…!? き、消え……」
光に包まれたは良いが、吹き飛ばされているのに変わりはない。
体が一気に軽くなっていく…。
地面が離れていく喪失感の中、全員意識を失ってしまった…。
かげ魔王「……いや…
     あいつは消えてないな…クックック…」
そして、そこには誰も残らなかった。



すいか帽は、暗闇の中で声を聞いた。
タヒチ「なんとか生きてるみたいだな。ここはどこだろうな。」
旅人 「…なんとか陸に流れ着いたようだな。」
?? 「俺はずっと起きてたんだが…あの青い光は何だったんだ?」
旅人 「う〜ん…何だろうな…」
強く照りつける太陽が皮膚を焼く。
風は弱いが、波の音は激しく聞こえる。
心地の悪い波の音で、すいか帽は目を覚ました。
タヒチ「お、起きたか。」
うな 「……ここは?」
タヒチ「どうやら俺達は、どこかの島に流れ着いたみたいだな。
    どこかに人が住んでるといいんだが。」
体が濡れていた。一度海に落ちたという事だろう。
すいか帽は辺りを見回す。
自分達はいつの間にか未知の場所にいる。
ここは平地で、広大な海と浅い森がすぐ近くに見える。
見通しが悪いわけではないが、山が全く見えない。海の先を見ても陸地が無い。
そこまで見回したとき、森の外側から神父が歩いてきた。
旅人 「どうだ、何か分かったか?」
タヒチ「ここはどこなんだ?」
神父 「間違いないようです……ここは無人島です。
    人の姿も、人が住めるような場所も見当たりません。
    運よくこの島に流れ着いて生き延びることができたようですね…。
    ただ、この島は岩礁に囲まれていて、船が近づくことはできないようです。」
確かに海の方には、砂浜から離れた場所に無数の岩が見える。
その場に留まったまま、穏やかな波を切り裂いてしぶきを上げている。
タヒチ「……」
うな 「じゃあ、この島から出られないのか?」
旅人 「そういう事だな。」
?? 「何!?それは本当か!?」
神父 「…この島は気候も良く、とても住みやすいところです。
    ここでのんびり暮らしましょう。」
その場は沈黙した。
呆然とするすいか帽に、うなが話しかける。
うな 「これからどうする?」
タヒチ「俺、ここで暮らそうと思うんだ。
    この島、暖かくてすいかを育てるのに理想の環境みたいだしな。」
そう言って地面の土を軽く握るタヒチ。
うな 「俺はこんなちっぽけな島で一生を終えるなんて絶対嫌だぞ。」
旅人 「それには私も概ね同意だ。」
タヒチ「ああ、お前らはこの島を脱出する方法を探せよ。
    俺は多分この島からは出られないけど、お前らだったらきっと脱出できると思うんだ。」
タヒチはすいか帽の前に立ち、ポケットから何かを取り出した。
タヒチ「キルフェボンでは一緒に戦ってくれてありがとう。
    これを持って行ってくれ。」
手に乗っていたのは、小さい布の袋だった。
中を覗いてみると、黒い粒が大量に入っていた。
うな 「これは?」
タヒチ「それは、世界で一番美味しいすいか『黒翡翠』の種だ。
    『すいか土』のないこの島では育てられないしな、お前らが持っていけよ。」
うな 「すいか土って何だ?」
タヒチ「なんだ、すいか土を知らないのか?
    キルフェボンの畑がそうだったんだ。
    すいかを育てるとな、すいかの成分が少しずつ土に染み出して、
    緑と黒の縞模様が少しずつ出来ていくんだ。それがすいか土なんだ。
    キルフェボンみたいにクッキリ縞々になるのには、50年以上かかるらしいぜ。」
うな 「へぇ〜」
タヒチ「俺はここで普通のすいかを作る。
    だから、お前らはその種を持ってすいか土のある所を目指してくれ。
    世界中探せば、きっとどこかにあると思うんだ。
    黒翡翠って、すっげー美味いんだぜ。自分達でその種、育ててみろよ。」
タヒチは話し終えると神父と一緒に遠くの平地まで歩いていった。

うな  「よし、俺達も島を探検するぞ。
     どこかに脱出する道具があるかもしれないからな。」
先程オーボンに現れた旅人が割って入った。
旅人  「私に提案があるんだが、良いだろうか?」
うな  「……そういえば、お前は誰なんだ?
     なんでクローズを解けたんだよ。
     それに、かげ魔王相手に何をしてたんだ?」
??  「一度に質問するなよ。」
うな  「それに、この声は一体どこから…」
今まで触れないでいた疑問。さすがにそのままにはしておけなかった。
旅人  「…私の名はタキ。
     デメルの村に封印を解く合言葉を伝える一族の末裔だ。
     そして、この剣が…」
タキと名乗った男は、腰に下げた剣を鞘から抜き、前に掲げた。
??  「俺の名はキバ。
     最強の剣士を目指していたんだが、
     フェラン女王の妖術で姿を変えられてしまったんだ。」
うな  「け、剣が喋ってる…」
何処からともなく聞こえていたと思っていた声は、この剣の声だったのだ。
タキ  「ポワンの町でさまよっている所を、私が拾ったのだ。無難に扱いやすい剣だ。」
キバ  「どうせ平凡な剣だけどな!」
すいか帽にとっては、二人とも見覚えのある人間だった。片方は今や剣だが。
タキ  「で、お前達は何者なのだ?」
うな  「俺は見ての通り青兎のうな。こいつはすいか帽だ。
     別に名乗るほどの者でもないけどな。
     …ただ………」
タキ  「どうしたんだ?」
すいか帽とうなは冷や汗の浮かぶ顔を見合わせる。
うな  「一人足りないんだよ。」
そう、かるびの姿が見当たらないのだ。二人は不安で青ざめていた。
今までも何度か勝手な行動をしてた彼女だが、空中ではぐれたとなるとさすがに心配だ。
キバ  「あの陰陽術を使う女の子だな。」
うな  「そう、そいつが見つからない…。
     まさか、海で溺れてたりなんてことは…」
すいか帽「……」
キバ  「心配するなよ、きっと大丈夫だって。」
タキ  「探しても見つからないのなら、他の島に流れ着いたのかもしれない。
     それより、まずは脱出の方法を確認―――」

  「「うわぁーーーーーーっ!!!!」」
すいか帽「!?」
会話を遮るように、遠くの森の影からタヒチと神父の叫び声が聞こえた。
見れば、二人とも血相を変えてこちらに疾走しているではないか。
タキ  「どうした、何かあったのか!?」
声に驚く四人だったが、走ってきた二人はパニック状態のまま何も答えない。
二人  「「わーっ!!わーっ!!わーっ!!わーっ!!」」
うな  「叫んでないで喋れ!!」
…その必要は無かったようだ。
二人が指をさした先の森から、魔物が大勢現れたのだ。
すいか帽「!!!」
キバ  「うわっ、多っ!!」
次から次へわらわらと沸いてくる魔物たち。ざっと数えても100体は軽く超えているだろう。
…二人の叫び声に反応して現れた魔物は何割ほどだろうか。
タヒチ 「何だよあれ!! ああああ、あんなに魔物がいたらすいか畑作れないじゃん!!」
神父  「の、のんびりなんてできないじゃないですか!!
     なななな何とかして下さいぃぃ!!」
タキ  「落ち着け、相手はたかが烏合の衆だろう。一体ずつ確実に倒していけば問題ない。
     すぐに作戦を立てよう。情報を整理したいから質問に答えてくれ。
     そこの兎と、…うなと、すいか帽だったか。お前達は剣で戦うんだな?」
この冷静さと手際の良さを見るに、どうやら彼は幾多の戦いをこなしてきた"戦いの達人"のようだ。
頼れる仲間ができて助かった…と思っていた。
タキ  「すいか帽、お前は何か他に技はあるか?
     …何?すいかがたべたいだと?」
当たり前のようにその言葉を口にした。
その言葉を聞いたタキは様子が一変した。
キバ  「あ、こいつもしかして…」
タキ  「…間違いないようだな…
     その声、その言葉、その帽子…やはりお前か!!」
うな  「…どうしたんだ?」
タキは他の四人から数歩離れて、すいか帽を指さす。
タキ  「お前が私の使命と旅路を邪魔した張本人だ!!!そうだろう!!」
怒りをあらわにして叫ぶタキ。
タキ  「話は全て聞いているぞ!!
     デメルの村の封印を破壊し、クレモン城の人々をすいかに変え、
     ポワンの町の人々をすいか病にしたのはお前だろう!!!」
すいか帽(ギクッ)
自分に非があろうと無かろうとそれらは事実であり、返す言葉が無かった。
例え喋ることができたとしても。
タキ  「…そうだと分かった以上、これ以上お前に味方することはできない。
     先程言いそびれた「脱出の方法」は、私一人で使わせてもらう。」
キバ  「そ、そこまでしなくても…」
タヒチ 「な…っ!? 方法あったのかよ!!早く言えよ!!」
神父  「そんな!!せめて私だけでも!!」
タキ  「そこのすいか帽の仲間どもにも協力するつもりはない…。
     黄泉の世界で自分の過ちを悔いるがいい!!
     『空の手』!!!」
キバ  「…はは、ご、ごきげんよ〜…」
タキの体が僅かに浮かび、白い光に包まれた。
その白い光はそのまま空高く上昇して、ついには見えなくなった。
すいか帽「……」
うな  「………ははっ…」
タヒチ 「……」
神父  「……」
四人は、タキとキバという心強い仲間を失った。それも想像を絶する最悪のタイミングで。
魔物の大群は既にすぐそこまで迫っていた。
強力な陰陽術を習得したてのかるびは未だに現れない。
すいか帽とうなは剣を持ち、ゆっくりと前に歩き出す。
うな  「しょうがない、戦うぞ!!」
タヒチ 「…仕方ない、すいかのためならやってやるさ!!」
すいか帽(コクリ)
神父  「か、神よ…どうか我を、私だけは見捨てないでくださいぃ…」
まばらな白い雲が太陽の光を遮り、広い平地に影が落ちる。
絶海の孤島に、鋭い波の音が鳴り響いた。

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