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第18話 略奪に興じる怪物

 ハーティ率いるネズミのコロニーが壊滅してから一週間後。

 人型の怪物リカレンス、オオカミの怪物フロード、そしてワシの怪物スニアの三人が再び王城の食堂に集まった。 誰も同じテーブルには座らず、微妙な距離を保っている。
「ネズミどものコロニーを潰せたこと、王はお喜びだ。これからも励むといい」
「…………」

 リカレンスはいつも以上の仏頂面で黙って話を聞いていた。しかしフロードは噛み付く。
「あの戦いから何日経ったと思ってんだ! いいからさっさと伝令とやらを済ませやがれ! ぶっ殺すぞ!」
「これも伝令の内だ、最後まで聞け。能無しはせめて態度くらい改めねぇと何も残らねぇぞ?」
「そりゃ自分に言い聞かせてんのか? 俺様がぶっ殺して改めさせてやろうか? あぁ?」
「やっぱり理解できてねぇな。本当に能無しだ。全く、お前の上官にされたことが人生最大の不幸だぜ」
「だったら代わりに俺様にぶっ殺された事を最大の不幸にしてやろうじゃねぇか! 歯ぁ食いしばれ!」

 いつものように、口論から喧嘩に発展していく。 抑えこんで噛み殺そうと飛びかかるフロードと、それを気怠そうに全て避けるスニア。 元々荒れ放題だった食堂が目も当てられない状態になっていく。

 そんな中でもリカレンスは静かに固まっていた。俯き気味に宙を見つめていた。
「おい、じっとしていないでこいつを抑えろ」
「お得意の他人頼みかよ! 俺様の攻撃を避けるだけで精一杯かぁ?」
「その汚らしい毛に触りたくねぇんだよ。ノミでも移されたらたまったもんじゃねぇ」
「俺様に触った時が貴様の死ぬ時だ! ノミよりウジが湧く方の心配でもしてやがれ!」

 言い争いも意に介さず、リカレンスは言う。
「それで、次はどこを潰す気だ? 準備はできているんだろう? この前の戦いのように」

 その言葉を聞いたフロードは手を止めた。

 スニアはテーブルの上にしゃがんで一息つくと、伝令の続きを話し始めた。
「次の標的は、両生類コロニーを仕切っているカエルのイグザジュレイトだ。 今度は親玉だけ倒せばいい……が、他に力を持っているものが目に付けば殺しておけという話だ」

 カエルの怪物イグザジュレイト、通称イギー。 西の草原地帯にある広大な沼地で繁栄するカエルたちを率いる親玉で、 国内でも屈指のカリスマの持ち主だと言われている。 カエルたちのコロニーが今回のようにアウストに反抗するまで自信を付けたのも、 この怪物の統率力あってのことだ。 その下で鍛えられた配下たちもメキメキと力をつけ始めている。 だが確かに、その親玉さえ潰してしまえば、統率は崩れ、現王アウストの支配力はさらに盤石なものになるだろう。
「明日の朝、北回りで西の草原地帯に向かう。沼地に近づいたら二手に別れる。 俺達は別働隊だ。本隊が正面の守りに集中させている間に、俺達が脇から中枢を攻める」
「つまりこの前とは逆ってことか」

 フロードが声を荒げた。
「前回は俺様達が本隊でトカゲどもが別働隊だった。 トカゲどもには今みたいな指令が下っていて、あの姑息な作戦の全容を把握できていたわけだ。 この俺様をコケにしやがって、あのクソトカゲが!」
「それはただの推測だろ? よくそこまで感情的になれるな」
「ふん。あのクソトカゲの考えなんざお見通しなんだよ」
「騙されといてよく言うぜ」

 珍しくフロードがスニアの言葉に反発しなかった。何とでも言え、とでも言うようだ。
「言いたいことはそれだけか?」
「そのカエルのボスを今倒す必要があるのか?  あの一帯に住んでいるのは、自分から争いを仕掛けることはしない臆病者ばかりだ。 ボスだって例外じゃない。俺達が何もしなければ危害を加えられることは無いはずだ。 だが、全く無力でもない。特に守りの戦いにおいてはな。 お前も知らない訳ではないだろう。難攻不落の、天然の要塞と言われるあのコロニーの噂を。 そんな相手に攻め込んでも無駄に消耗するだけじゃないのか?」

 リカレンスが訝しむようにスニアに問う。
「その答えは伝令に無い。いい加減分かってんだろ?」
「……ああ、分かってはいたさ」
「お前たちは二人とも、どうでもいい事ばかり気にし過ぎなんだよ。 そんなことを知らなくても作戦には何の支障も無い」
「それはどうだろうな。共通の目的が無い状態で統率を取るのは難しいんじゃないのか」
「その難しいことを成し遂げられる者が強い王だ」
「お前はどうなんだ? 何の目的があってあいつに従っている?」

 それはアウストではなくスニアの意思を問う言葉。その時ようやく、スニアの表情に笑みが戻った。
「ヒヒッ……目的なんて単純でいいのさ。強い者に従っていれば楽に食い物にありつける。それだけだ」
「何だと?」
「ネズミどもを殲滅した後に……お前も物資を運んだだろう? 何もかも奪ってやることが出来た。 あれだけの物資を奪い取るのは一人では到底無理だ。だがこうやって強い者に従えばすぐ手に入れられる」

 確かにげっ歯類コロニーを滅ぼした後、 そこにある食料や日用品、鉱石など、残された物は根こそぎ城まで運び出した。 あれだけの頭数を抱えるコロニーだけあってかなりの量の食料が手に入ったのだ。 足の早いものを食べきるためにも、宴は三日三晩続いた。

 思えば、その宴の間もずっと、王であるアウストは姿を見せなかった。 作戦命令だけでなく、勝った部下を褒めることすら伝令役を間に挟んでいる。 恐らくずっと玉座の間に居るのだろう。
「お前ほどの能力があれば、あいつに従わなくたって食うには困らないんじゃないか?」
「分かってねぇなぁ。自分が使う力は最低限に、他人の力を最大限借りて食っていく。 俺にどんなに力があっても、それが一番良い生き方に決まってる。少なくとも俺にとってはな……ヒッヒッヒ」

 スニアは心底楽しそうにせせら笑う。 目の前のリカレンスとフロード、果ては周りにいるトカゲの怪物たちさえも敵に回す発言。 しかし、この思想があって尚、彼の働きは誰よりも成果に貢献している。誰にも責める権利は無い。
「下らねぇ。伝令が終わったなら俺様は行くぞ」
「好きにしな。集合は明日の朝だ、遅れるなよ」

 フロードは苛立ちを抑えるようにゆっくり立ち上がり、足早に部屋から出て行った。 スニアはそれを止めなかった。
「お前も遅れるなよ。お前にも理由があるからこうして王に従っているんだろう?」
「……分かっている」

 その後は一切言葉を交わさず、王城を後にするだけだった。


 怪物の国、北の海岸地帯の岩場。 そこにある大きな洞窟の奥深くにフロードは居た。 王城を後にしたフロードは真っ直ぐここへやって来たのだ。

 そこに居たのは16匹のオオカミの怪物。 そしてその一番奥に居る一際大柄なオオカミこそ、この一派のボスであるグレアだ。 揃って黒色の体毛をしているのが一派の証。 彼らもまた、トカゲの王アウストの支配を拒んでいる集団の一つである。
「戻ったか。首尾はどうだ」
「ああ、またすぐに戦いが始まる。次は西の草原地帯のカエルどもが相手だ」
「今度はカエルか……いやはや、凄まじい勢いだな」
「ケッ。どうせ次も姑息な小細工を考えているに違いねぇ。いつ策に溺れて失敗しやがるか見物だぜ」
「だが、そうしてあらゆるコロニーを潰している。お前も用心しておけ。……言っても聞かないだろうがな」
「…………」
「例の作戦……実行するなら今しか無いだろう。行けるか?」
「当然だ。俺様からすれば遅すぎると思うんだがなぁ?」
「確かに、今結果を見れば前回実行した方が勝算があったと言えるだろう。だがあの時は情報が足りなかった」
「貴様が臆病風に吹かれただけだろうが。そんな小さい肝っ玉でいつまで現役気取るつもりだよ」
「……今は、お前のその勇ましさが俺達に必要だ。お互いのためにこの仕事をやり遂げようじゃないか」
「了解。話は着いたな? じゃあ俺様はもう戻るからな」
「ああ、頼んだぞ。俺達の勝利は目前だ」

 会話を締めると、フロードはすぐに洞窟から去っていった。 彼には例の作戦のために向かう場所がある。 ……それは他のオオカミたちも同じこと。 役割も持ち場も違えど、同じ時間に、同じ目的を持って動き始める。 ここに居るオオカミで全員ではない。既に動き始めている仲間の方が多いほどだ。
「皆、手はず通り動くぞ。気を引き締めろ」

 オオカミたちは身支度も早々に、洞窟の外へ向かった。

 ――しかし、彼らが洞窟の外へ足を踏み出すことは無かった。

 何の前触れもなく、一人、また一人と、屈強なオオカミたちが首元から血を噴き出しながら倒れていく。 まるで外から吹き込む風にその身を切り裂かれたかのように。
「な、何だ!? 誰の仕業だ!?」

 普段から冷静に一派をまとめ上げていたグレアだったが、この時ばかりは激しく狼狽した。 それもそのはず、これだけ過激な殺戮を行う襲撃者の姿が、全く目に見えないのだから。
「くそっ、姿を見せろ! ただでは済まさんぞ!」

 残ったオオカミたちと身を寄せ合い、警戒態勢に入る。 感じ取れるのは、あちらこちらを飛び回るような足音や風の圧。 仲間の血の匂いに混じって漂う、冷たく乾いた皮膚の臭い。

 全く尻尾を掴めなかった何者かが、その時、恐らく真正面に立ち止まった。 そして、何も無いはずのその空中から声が放たれる。
「あら、貴方がこの中で一番偉いのかしら?」

 その声は、子供のようにあどけなく、しかしこの洞窟の岩壁よりも冷たく、狂気に満ちていた。
「声で分かるぞ。そこに居るのか。そこはもう俺の牙が届く距離だ」
「……今は私が質問しているの。私が聞きたいのはねぇ、貴方が私の欲しいものを持っているか、ということよ。 私に何かくださらない?」
「取引して命乞いでもさせるつもりなら乗らない。何か寄越せだと?  そんなことはもう決まっている。お前の喉笛に俺の牙をくれてやると」
「じゃあ、そうね……貴方たちのその戦い方、 立ち位置を工夫して、お互いの隙をカバーし合っているのね。とても面白いわ。 だから、ここにいる獣たちと、遠くであちこちへ走り回ってる貴方のお仲間たち。 貴方に代わって私に従えさせて欲しいわ。その方が一人で暮らすよりも楽しそうだし」
「…………」

 その言葉に、グレアは唖然としたまま答えを見つけられなかった。 だが、その声の主の真意はどうであれ、仲間を皆殺しにしかけたことに違いはない。 その上でこのあっけらかんとした態度は、怒りの感情を抱かせるのに十分だった。
「で……くれるの? くれないの?」
「……ふざけるなぁ!!」

 合図を出し、オオカミたち全員で声の出ていた方へ跳びかかった。

 ――しかし、そう、やはり彼らが洞窟の外へ足を踏み出すことは二度と無かったのだった。


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