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第8話 兎の村

森の奥深くで呆然と立ち尽くす三人。
その沈黙を破ったのはかるびだった。
かるび「東の方から兎のにおいがします。」
うな 「東…うさぎ……?
    そうか!!ここから東に行けばノリエットだ!!」
かるび「そうなんですか?」
うな 「ああ。俺の生まれ育った村だからな。」
かるび「では兎料理を食べに行きましょう。」
うな 「うさぎは食べるな。」
いつもより厳しい口調でかるびをなだめるうな。
姿がハラミ肉になっても、心までハラミ肉になったわけではない。
うなを先頭に三人は足早に東へ進んだ。

三人が森を抜けたのは、陽も傾き始める昼過ぎだった。
森の薄暗さはたちが悪い。
そう眩しくもない晴れ空も朝の空にしか見えない。
目をこすって遠くを見れば、緩やかな丘が見える。
うな 「…ついにここに戻って来てしまったか。
    あの丘は盆地になっていてな、そこにある村がノリエットだ。
    ニンジンを見つけるまでは帰らないって誓ったんだけどな…」
うなの表情には、今まで見たことのない陰りがあった。
うな 「でも、久しぶりに家族の顔も見たいし、たまにはいいか。」

ノリエットの村に到着したが、そこに人の姿は無い。
それもそのはず。ここは兎の村。住人は兎のみである。
うな 「お、あいつは俺の親友のうささじゃないか!」
うなは多数いる紫色の兎の中から、寸分の迷いもなく一匹を選び出して指さしている。
人間二人には、他の兎と全く同じ姿に見える。
うな 「うささっ! お前うささだろ?」
その紫色の兎の前まで走るうな。
うささ「は?お前誰だ?」
やはり、喋るハラミ肉が誰なのか分からないようだ。
うな 「俺だよ、うなだよ!
    今はこんなだけど、本当は兎なんだ。覚えてないか?青うさぎのうな!」
うささ「青うさぎのうな?覚えてねーな。」
うな 「小学校のとき、一緒のクラスだったじゃねーか。」
すいか帽は、人違いだったらどうするつもりなのかが気になって仕方ない。
うささ「小学校………そう言えばいたな、そんなヤツ。
    確か教室で小便ちびって、『ちびりー』ってあだ名ついてたよな。」
うな 「変なこと思い出すなよー!」
どうやら嘘ではないらしい。
うささ「元気だったか?またどこかでちびったりしてないか?」
うな 「悪いが俺はもう立派な兎だ。」
うささ「兎じゃなくてハラミ肉だろ。」
うな 「………もういい、行くぞ2人とも。」
くるりと向きを変えてずんずん歩き始めるうな。
かるび「どこに行くんですか?」
うな 「俺の家だ。」

うなは村の中の一軒の家の前で立ち止まった。
うな 「ここが俺の家だ。俺と母ちゃんと妹の三人家族なんだ。
    俺の父ちゃんは……行方不明なんだ。
    なんでも、結婚式の翌日に失踪したんだとか。
    あの母ちゃんじゃ、逃げ出したくもなるよなぁ。」
説明を区切らせると、勢い良くドアを開ける。
うな 「ただいまー!!」
玄関から見える部屋にいたのは大きい赤色の兎だった。
うな 「母ちゃん、俺帰ってきたよ!」
スキップで駆け寄るうな。
うな母「はぁ?あんた誰だい?」
一言で切り捨てられるうな。
うな 「俺だよ、うなだよ! 息子の顔忘れたのか?」
うな母「あたしゃこんなハラミ肉産んだ覚えは無いよっ!
    さっさと出てお行き!!」
うな 「母ちゃん……」
どうやらこの兎はうなの母親だったようだ。
しかし、ハラミ肉の元の姿がうなだとは全く信じない。
うな母「出て行かないんだったら、焼いて食っちまうよ! ほら出てお行き!」
若い三人を押し返す大兎。抵抗したが全く及ばなかった。
そして、ドアは勢い良く閉められた。
かるび 「…本当にお母さんなんですか?」
うな  「そうだよ。でも否定されるとどうしようもないな。
     くそー、妹のうみにも会いたかったのになー。
     うみは重い病気で寝たきりなんだよ。だから…な。」
すいか帽「……」
うな  「よし、こうなったら窓から侵入だ!」
うなは家の東側に回った。
うな  「ここは俺の部屋の窓だ。ほら、突っ立ってないで早く入るぞ。」
三人は簡単に取り外せたその窓から部屋に侵入した。

うなの部屋を通り過ぎ、別の扉を開けるとそこには兎が一匹いた。
足早に部屋に入るうな。
うな 「うみーっ!元気にしてたか!?
    ってずっと寝たきりだもんな。元気なわけないか。
    紹介するよ、こいつが俺の妹のうみだ。」
その黄色い兎はベッドに貼り付いたように寝そべっていた。
うみ 「どちら様ですか?」
うな 「何言ってんだよ、兄貴が久しぶりに帰ってきたっていうのにっ!」
うみ 「何言ってるんですか?私のお兄ちゃんは兎です。こんなハラミ肉じゃありません。」
またも切り捨てられるうな。
うな 「……そう言えば俺、ハラミ肉だったな。
    俺、今はこんな姿だけどな。本当は、お前の兄貴なんだよ。青兎のうなだ!」
うみ 「うな……私のお兄ちゃんを知っているのですか?」
うな 「ってゆーか、本人なんだけどな。」
必死の弁解も虚しく、もはやうなはうみにとって初対面の相手となってしまった。
うみ 「私、生まれつき重い病気にかかっていて、歩くことも出来ないんです。
    お兄ちゃんとは、もう何年も会っていません。
    あの日、夕ご飯はシチューだったんです。
    でも、そのシチューにはニンジンが入ってなかったんです。
    私はつい、ニンジンが食べたいって、ワガママを言ってしまったんです。
    そしたらお兄ちゃん、「俺がニンジンを探してくる」って家を飛び出して、
    それっきり戻ってこないんです。」
窓の外を眺めながら他人行儀な口調で話をするうみ。
その間も彼女の表情には変化が見られなかった。
うみ 「お兄ちゃんってアホでしょ?」
うな 「アホとはなんだー!!」
うみ 「お兄ちゃん、何処にいるのかな?
    きっと、どこかでアホな人生を送る負け犬の日々なのでしょうね。」
うな 「チクショー!!そうだよ!その通りだよ!負け犬だよ!いや、負け肉だよ!」
そう言う間も、うみの表情には変化がない。口元が緩むことさえ無い。
うみ 「あーあ、なんか甘い物が食べたいな。
    甘いもの甘いもの……すいかとか食べたいな。
    ねぇ、あなた達、お兄ちゃんの知り合いなんでしょ?
    お兄ちゃんに会ったら伝えて。
    ニンジンはもういらないから、代わりにすいかを探してきてって。」
うな 「俺の旅の目的が変わったよ。あっけなく。」
事もあろうに本人が伝言を預かってしまった。有り得ない角度までうな垂れるうな。
うみ 「もう一つ、お兄ちゃんに伝えて欲しいことがあります。
    昔、お兄ちゃんが作った秘密基地。
    お兄ちゃん、歩けない私をおぶってよく連れていってくれたんです。
    その秘密基地に一緒に隠した宝物…。
    その宝物はきっとお兄ちゃんの旅に必要な物だから、持って行ってと。」
うな 「秘密基地……そう言えば、そんなもの作ったっけ。
    どこに作ったのかは忘れたけど。この村の中のどこかだったはずだけど……」
そこまで言ったとき、突然の凄まじい金切り声に全員飛び上がった。
うな母「あんた達、なんでまた家の中にいるんだい!!
    さっさと出て行きな!!」
三人とも文字通り摘み出されてしまった。
抵抗はしたのだが、そこらの魔物よりもずっと力が強いように感じた。
うな  「最後に酷い目にあった…
     でも、うみに会えただけでも良かったよ。
     ずっと寝たきりなんだから、あの性格も仕方ないか…。
     さて、伝言も受け取ったし、秘密基地でも探してみるか。どこだったかな…」
かるび 「兎の焼き肉があるかもしれませんね。
     うさぎ鍋でもいいですね。」
うな  「うさぎは食べるなって言っただろ。
     ……ん? 何だ?何か聞こえないか?」
すいか帽「?」
かるび 「何も聞こえません。」
二人には特に物音は聞こえない。
うなの母親の金切り声で聴覚を失っている訳でも無い。
うな  「何だろう、歌声みたいな…
     誰かいるのかな?行ってみるか。」
うなは家々の並んでいる方向とは反対の方向へと歩き始めた。
兎特有の大きな耳を持ち合わせていない今でも、彼の聴覚は優れているものなのだろうか。
すいか帽とかるびは訳の分からないままついていった。

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