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第11話 過去との狭間で

うなが上流へと進んでいると、すぐに日が暮れてしまった。
いつもより肌寒く、辺り一面青白い月明かりで照らされている。
うな 「何か嫌な予感がするなぁ…」
薄明かりの中、遠くで何かが光った。
うな 「お、あそこにいるのかな?」
うなが早足で近づいてみると、そこには二匹の兎がいた。
だが、二匹とも傷だらけで倒れている。
さらに、前足をついてその二匹を睨む竜がいた。月に照らされて銀色に輝く竜だった。
うな 「こ、これは一体……おい、大丈夫か!!」
倒れていた兎の片方がまだ何とか動けるようだ。
水色兎「き、気をつけ…ろ…
    ヤ、ヤツの…頑丈な…皮膚は手兎族の腕力…では…歯が…立たないぞ…」
うな 「そんなの、やってみないと分からないだろ!!」
そう叫んだうなは竜に向かって走った。
鉄竜 「ギャォーーーーーーッ!!!」
その竜は口から拳のような氷の弾丸を放ってきた。
うな 「ええい、炎の息!!」
繰り出した炎は弾丸を溶かすが、完全に溶けきる前にこちらに向かってくる。
なんとかかわして間合いを詰めて短剣を振るうが、
その皮膚は金属音を残して短剣を完全に弾き返した。
僅かながら傷は付いたものの、竜が冷気を纏うとすぐに傷の内側から凍り付き修復された。
うな 「くっそー、すいか帽さえいれば…」
両者が睨み合っていたときだった。
水色兎「今だ、下がってくれ…!!」
先程の兎が掠れた声で叫んだ。
うなが反射的に後ろに跳んだ瞬間、地面に円形の魔法陣のような模様が浮かび上がった。
水色兎「喰らえっ……『灼熱フレア』…!!」
魔法陣の真上に燃え盛る球体が現れ、線の一本一本から真っ赤な炎が吹き出した。
炎を浴びた竜の体は溶けるようにみるみる縮んでいき、苦しみながら逃げて行った。

うなはもう一匹の倒れている兎の様子を見た。
うな 「ダメだ、こっちのうさぎはもう……あんたは大丈夫か?」
水色兎「あ、ありがとう……だが、わ、私はもう…ダメ…みたいだ。
    息子を…頼む。魔物から逃がすために、川へ流してしまった…」
川に子供を流した…確かにそう言った。
どうやらこの兎が、自分の本当の父親なのだろう。
うな 「あんたの息子なら大丈夫だ。この川下の村で大切に育てられてるぞ。」
水色兎「それは良かった……」
辛うじて膝をついて立っていた兎だったが、安心したのか倒れてしまった。
うな 「おい、大丈夫か!?」
倒れたまま目を開いた兎は、こちらをじっと見ていた。
水色兎「…そ、そうか、お前が……私の…息子。お、大きくなったな…。」
うなはドキッとした。
うな 「わ…分かるのか?」
水色兎「ああ、私の大切な息子だからな。た、たくましく…なったな。」
間違いない。この眼差しは、自分を息子として見ている眼差しだ。
父親の顔も知らず、血の繋がらない母に育てられたうなの目には涙が浮かんだ。
水色兎「わ、私の…一族は…呪われた一族…」
彼は明るくなり始めた星空を見上げながら言った。
うな 「呪われた一族?」
水色兎「あ、ああ、みんな…から…使いっぱしりに…される…呪われた…運命。」
涙が吹き飛んだ。
うな 「なんだよその運命は! そのせいでみんなから使いっぱしりにされてたのか!」
と言っても、すいか帽やかるびから使いっぱしりにされた記憶はあまりないのが救いだ。
水色兎「こ、この運命から…逃れることは…出来ない。
    だが、世界のどこかにある、伝説の勾玉を…手にすれば…
    大いなる力が手に入る…という…言い伝えがある…。」
彼は這いながら、地面に隠した箱から赤く輝く玉を出した。
水色兎「それから…、この宝玉を…持っていくのだ。我が…一族に伝わる、竜の玉を…」
うな 「これって…あの時の…」
その輝きを久しぶりに見て、思い出した。
うみと一緒に秘密基地に隠した宝物とは、これのことだった。
村の外れの林の中に、机やら棚やらを運び込んで作った秘密基地…。
この玉を隠すためだけに作った秘密基地。
水色兎「な…名前を…教えてくれないか…」
彼の呼吸はもはや虫の息だった。父親のその姿に言葉がつっかえた。
うな 「…うな。」
水色兎「うな、か…。いい名前だな……」
兎はそう言い残すと、力尽きてしまった。
うなは暫く何も言わずに立ち尽くしていた。
だが、すぐにその場を後にして走った。
うな (まだだ、まだ俺にはやることが残ってる!
    今度はうた父ちゃんを助けなきゃ。
    母ちゃんの話だと、結婚した翌日に失踪したらしい…。
    この後、うた父ちゃんの身に何かが起こるはずだ! 急いで村へ帰ろう! )

うなは全速力で河原沿いを走り抜けた。既に日は昇り、うたが失踪した日となっている。
村まであと少し。だが、うなは目の前の光景に驚いた。
村の入り口の地下への梯子…つまり、あの薬をうなに提供した科学者のいる洞窟。
その洞窟の中へ走るうたの姿を見つけた。
自分がもうすぐ失踪するというのに、何をやっているのだろうか?
うな「父ちゃん! …じゃなかった、うた!」
叫びながら洞窟の中を追いかける。しかし遠くて気づかない。
先程以上の全速力で追いつき、腕を掴んだ。
うな「うた! こんなところで何やってるんだよ!」
うた「や、やぁ。もうすぐ薬が切れてしまうんだ。」
その返事はどことなく歯切れが悪い。
うな「薬?何の薬だよ?」
うた「それはその…」
その時、奥の方から例の科学者が歩いてきた。
博士「うさぎになる薬の効果が切れるんじゃ。」
うなの口から言葉が去った。
うた「ボク、本当はうさぎじゃないんだ。
   ボクはすいか畑で育ったんだけど、
   そこで、うさぎのななさんに出会って、うさぎになりたくなったんだ。」
うな「な、何言ってるんだ?」
うたの目には悲しみの色は無かった。
うた「…さようなら。」
満ち足りた笑顔を浮かべた彼の体は、突然白い煙に包まれた。
洞窟の中に立ち込めた煙が晴れたとき、うたの姿は無かった。
うな「すいかだ…!」
うたに取って代わって現れたのは一つの小さめの西瓜だった。
うな「うたはどこに行ったんだ?」
博士「このすいかはな、すいか畑に転がっていた普通のすいかだったんじゃ。
   だがある時、一人のうさぎと出会ってな。一目惚れしたんだそうじゃ。
   それで、ワシのところに来て、
   うさぎになりたいなんて言うもんだからな、ワシが薬を作ってやったわけだ。
   薬の効用は一年間。
   一年間、このすいかはうさぎとして生活し、そして、恋をしたうさぎと結ばれた。
   このすいかは幸せだったことじゃろう。」
そう、その西瓜こそ、うたの本当の姿だったのだ。
うな「…一年?薬は一年しか効かないのか?」
博士「すいかの場合はな。ハラミ肉の場合なんか知らん。」
うな「な…何だよそれー!」
博士「さて、ではすいかを食べるとするかのう。」
うなの話も聞かず、博士は西瓜を持ち上げた。
うな「っ!! なんでそのすいかを食べるんだよ!」
博士「ああ、約束したんじゃ。
   薬を作ってやる代わりに、薬の効果が切れたら、ワシに食べられるとな。」
うな「このすいかは俺の父ちゃんなんだぞ! 食べるな!!」
うなは博士の両手から西瓜を奪い取り、そのまま洞窟の出口へと走った。
博士「コラーッ! ワシのすいか返せー!」
後ろに聞こえる叫び声の間から、声が聞こえた。
その声は、自分の手元からだった。
すいか「な……な………」
うな 「な?」
すいか「な……な…な……な」
うな 「分かった。連れていく。」
うなは、うみが西瓜を食べたがっていた事を思い出した。
だがこのすいかは他のすいかとは全く違う。この西瓜には行くべき場所がある…。

うなは村に戻り、昔の自分の家の前にすいかを置いた。
うな 「ここに置いておくからな。」
そしてすぐに家の陰に隠れた。
玄関からななの姿が現れる。
なな 「あら?こんなところにすいかがあるわ。誰が置いて行ったのかしら?
    うなー! すいかがあるわよー。パパが帰ってきたらみんなで食べましょうねー。」
その声を遠くに聞きながら家の中に侵入した。
自分の部屋は昔から自分の部屋だったようだ。
幼い頃の自分がベッドの上でくるくる回っている。…回っている?
それはともかく…部屋の隅にあった棚のできるだけ奥の方に竜の玉を入れた。
自分がこれを初めて見た時も、この場所にあったのを思い出したからだ。
こうしなければ、隠す宝物がなくなって秘密基地が消えてしまう気がしたから…。

成すべき目的を全て行い、目的を失ったうなはふらふらと歩いていた。
だが、村の外れの林までまっすぐ辿り着いた。
言うまでも無く、そこには木以外に何も無い。
だが、うなの記憶では確かにここに秘密基地が建つ。
机や棚を並べただけで屋根の無い秘密基地が、何も無い草むらの中に鮮明に浮かび上がる。
無邪気に遊ぶ幼い頃の自分と妹が、いつかここにやって来る…。
その時、うなの足から力が抜け、地面に倒れてしまった。
そう言えば、村に来て家族に会い、昔の世界に迷い込み、兎の姿になり、自分と思い出を守り…
その間ずっと寝ていなかった。もう二日間にもなる。
うなの意識は薄れていく。
…そう言えば、何が起こって過去の世界に来てしまったんだろう?
そう言えば、すいか帽やかるびは何処に行ったんだろう?
確か一緒に家を出た後……
…………………


かるび 「ううっ…いったい何が…?
     ……頭が痛いです…」
すいか帽の方を向くが、何故か知らんぷりされた。
かるび 「それに、ここはどこでしょうか…?
     あれ…?うなさん、まだ寝てるんですか? 起きて下さい。」
すいか帽「!!?」
驚いてこちらを振り向いたすいか帽。
かるびが目を覚ます前までは、そこにうなは居なかったのだ。
うな  「う〜ん……なんだ…?」
驚きのあまり混乱した様子のすいか帽と、頭を抱えて苦い表情を浮かべるかるびが、
寝起きでボーっとしているうなの視界に映った。
眠い目をこすり、簡単に状況を把握し始めたうな。
だが、すぐにばっちりと覚醒した。
うな  「ここは…!!」
素早く首を振って周りを見渡すうな。
気を失う前と同じ場所だった。
だが、そこにはうなとうみが作った秘密基地がしっかり建っていた。
つまり、今かるびが座っている机の横の引出しには……
うなはその引出しに飛びつき、勢い良く開いた。
うな  「あ、あれ?なんで何も無いんだ…?」
すいか帽「……。」
ショックで立ち尽くすうな。
それを見たすいか帽は、荷袋から竜の玉を取り出した。
うな  「は?もう取ってたのか?」
すいか帽「  」
頷くすいか帽。引きつった笑みのうな。
うな  「あー……」
どうやら元の時間に戻ったようだ。
…残念なことに、姿もハラミ肉に戻ってしまっている。
先程までの出来事が全て夢だとしても辻褄が合う。
夢にしては妙にリアルだったが、逆に有り得ない事が多すぎた。
だが、姿がハラミ肉のままである以上、考えても仕方がないと結論付けた。
竜の玉はこれで4つ目。あと3つ集まれば願いが叶う。
病気で寝たきりの妹のうみに西瓜を食べさせるため、あと3つの竜の玉を集める…。
うな  「よし、行くか!」
三人はノリエットの村を出て、歩き出した。

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