戻るっ 前へ

第48話 強制討伐

夜は一層深まり、月明かりは青みを増していく。
雲の上までそびえ立つこの山も夜の青に包まれていく。
当然、すいか帽たちの眠りも深まっていくはずだった…。

 「きのこー。きのこー。」
   「きーのーこー。」
眠りを妨げる甲高い声。それも、一つや二つではない。
四方八方からわらわらと響いてくる。
さすがにこれでは完全に目が覚めるのも仕方がない。
三人は狭い窓に張り付いて外の様子を窺ってみた。
月明かりに照らされる影がいくつか流れていく。
その姿、形、…だけでしか判断できないが、間違いなく"きのこ"だ。
それも、言うならばきのこ"生物"。
怪しげな声を発しながら、飛び跳ねるともつかない歩き方で通りを進んでいる。
不思議に思うその気持ちをどうにも抑えられなかったので、外へ出て確かめることにした。

宿屋の窓から見えた数よりも遙かに多いきのこ姿の魔物。
見れば、なんと盗賊行為をしているではないか。
先程まで土産物店に整然と並べられていた食料品が見るも無惨に食べ荒らされている。
うな 「なんだこいつら…?」
かるび「美味しそうなきのこですね。」
三人が呆然としている後ろから、一人の老人が、
歩いているのか走っているのか分からないがこちらに向かってきた。
老人 「おお、旅の者か、丁度いいわい。」
うな 「今度は何だ?」
老人はきのこ達の盗賊行為には目もくれずに三人に話しかけてきた。
老人 「あのきのこ共はな、毎晩現れては食い物を盗んで行くんじゃ。
    じゃが、今は心配いらん。」
そう言った途端、きのこ達に異変が訪れた。
次々ときのこの大部分が泡を吹いて倒れたのだ。
老人 「ワシらが陰陽術で毒を仕込んだ紛い物を置いておいたからのう。」
うな 「え、陰陽術?」
老人 「そうじゃ。…聞いて驚くでないぞ。
    ワシらこの集落の住人は皆、凄腕の陰陽師なんじゃ。
    『陰陽師の修行山』とも呼ばれるくらいじゃから当然じゃろうて。」
走馬灯。
この集落で出会った人々の誰一人として、
アボカドのような陰陽師のオーラらしきものは全く感じさせなかった。
もちろんそれを狙ってカモフラージュをしているとは分かっていても、にわかには信じ難かった。
かるび「早速きのこをご馳走して下さい。」
老人 「…そうできればいいんじゃがのう、倒しても倒してもキリがないんじゃ。
    北の洞窟から際限なく出て来おる。
    若い陰陽術の使い手が数人いれば…
    あのきのこ共の大親分『きのこ様』の成敗も可能だと思うんじゃがのう…」
うな 「きのこ様…?」
老人 「あやつは洞窟の奥の祠で祀っておったんじゃがのう、
    いつの間にか洞窟の奥の壁と一緒にすっかりいなくなってしまったんじゃ。
    以前にその奥に行って戻ってきた…ある陰陽師の話では、
    きのこ様の傘からあの忌々しいきのこ共がわらわらと……。
    考えただけで恐ろしいわい。」
老人が話している間にも道の脇の土産物店に並んだサブレなどが食べ散らかされている。
かるび「きのこが食べたいです!どこに行けば良いんですか?」
うな 「おいおい、勝手に決めるなよ!」
老人 「やはり成敗してくれるか。
    いやはや、頼んでみるもんじゃな。
    ここから北に行った谷に祠の入口があるはずじゃ。
    では、頼んだぞ。ワシはもう遅いから休ませてもらうからの。」
そう言いきると老人はゆっくりと去っていった。
反論する暇は全く与えられなかった。
すいか帽「……。」
うな  「おいかるび、余計なこと言うなよ…。」
かるび 「これできのこが沢山食べられます。ふふっ♪」
うな  「ふふふじゃねーよ。はぁ〜……。」
かるびは笑顔だが、うなは乗り気ではない。
自分たちが今必要なのは竜の小玉。神竜の話では、小玉を持つのは魔王たち。
それなのに、彼女の気まぐれのために遠回り…。

呆れるうなを余所に、かるびは既に岸壁沿いにある峠を下る木の階段を降り始めている。
すいか帽も階段の前まで来ている。
どうやら自分1人が留守番という訳にはいかないようだ。
うな  「…どうした?すいか帽。」
すいか帽は段差の下を見たまま降りようとしない。
近付いてみるとその理由はよく分かった。
梯子を太くしただけのようなその階段は、かるびが一歩踏む度に激しく軋む。
二人とも、経緯はともかく、かるびが普通の人間より若干軽いことは知っている。
そして、すいか帽が普通の人間より重いことも同様に知っている。
すいか帽は顔を強張らせ終えると剣を抜いて階段の前に立つ。
かるびが階段から離れるのを見計らって剣を振る。
すいか帽「氷斬破!!」
斬撃は空を切るが、剣からの冷気が梯子を急激に冷やしていく。
梯子の階段から巨大な氷柱が下がり、地面に突き刺さっていく。
二人は滑らないように気をつけながらゆっくりと降りていく。
二人が降りた頃には、かるびはもう洞窟を覗き込んでいる。
そんなに覗き込んで、一体何を見ているのか。
うな  「おい、何かあるのか?」
かるび 「何もありません。真っ暗です。」
言われなくとも見ての通りだ。
こちらとしては彼女の食べ物に対する執着による眼力に期待していたのだが。
うな  「よし、中に入ってみよう。」
ここまで来て入らない理由は無いだろう。
三人は洞窟の湿った土を踏んで奥へ行く。


洞窟の奥に黄色い声が響き渡る。
ここまで来るのに、どれほど彼女に気力を奪われただろうか。
この湿った洞窟にはあちらこちらに多種多様な茸が生えている。
赤いもの、緑のもの、斑点模様のもの、光るもの、歌うもの、歩くもの。
それでも一人でキャーキャー騒ぐかるびの相手はさすがに不可能というものだ。
何があるかも分からないのに、早く奥に着いてしまいたいとさえ思えてくる。
足を取られるほど湿っぽい地面に加え、
突然変異であろう巨大茸などにしょっちゅう道を阻まれる。
それを乗り越えて、奥までやって来た。
うな  「やっと着いた…」
目の前には鳥居のようなもの、灯籠のようなものが並べられている。
天井だけが、文字通り見上げるほど高い。
その側面には岩の足場が無数にあり、何かの舞台か競技場のようにも見える。
天井の真下、部屋の真ん中には巨大なキノコの石像がある。
かるび 「きのこがあります!!大きいですね!!」
うな  「見りゃ分かるって…。ってか石像だし……」
…当初の目的よりも、この騒ぐ少女をまず何とかしたい思いだ。
かるび 「では、早速持って帰って食事としましょう。」
うな  「…目的分かってるのか?」
彼女はうなの制止も聞かずに石像に歩み寄る。
だが、目の前の石像が石像ではないと分かったとき、
驚いて後ずさるも、つまづいてしりもちをついてしまった。
かるび 「きゃあっ!!」
すいか帽「!!」
駆け寄ったすいか帽も気が付いた。
その石像が、石像でない事に…。

 「こんばんは。ようこそいらっしゃいました。」

戻るっ 次へ