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第49話 恐怖への宣戦布告

目の前にあるのは、石像などではない。
討伐を頼まれていたお尋ね者『きのこ様』そのものだ。
暗くて湿ったこの洞窟にお似合いの巨大なきのこ生物。
自分たちは今まさに、そのお尋ね者の前で硬直してしまった。
その理由は、きのこ様の大きさだけではない。
頭の傘から、集落で見たような小さい"きのこ生物"が沸いて出てきているではないか。
それ自体は何ともないが、傘から現れる瞬間のその形相といったら直視できない。
それを見て気が確かでいられないのは三人とも同じ。
しかし、それが恐怖心ではない者が…。
かるび 「きのこが沢山出てます!食べ放題ですね!」
…嘘だと言ってくれ。
きのこ様「今日は良い天気ですね。」
うな  「洞窟の中なのに天気なんか分かんねーよ。」
きのこ様は無表情のまま口も動かさずに喋る。
その声はかるびとほぼ同じ高さにも関わらず洞窟内の水滴を震わせて響く。
緊張感の高まりを全身で感じる自分たちを余所に、静かに大はしゃぎする彼女が沈黙を許さない。
かるび 「今日はきのこご飯ですか?」
うなが後ろに回り込んでかるびの口を塞ぐことにした。
これで恐怖と緊張感から解放されればいいのだが。
目の前の巨大茸は表情一つ変えずにいる。
きのこ様「今日はどのようなご用件ですか?」
かるびは眩しいほどに目を輝かせたままうなの手の中にモゴモゴ言っている。
うな  「悪いが、上の村のじいさんから成敗するように頼まれたんだ。」
恐怖心を無視して一言一言を試すように言ってみる。
こいつの変わることのない表情が変わるのはいつなんだろうか。
きのこ様「上の陰陽師さんたちですか。
     では、これで2回目ですね。
     確か、以前にも陰陽師を名乗る方が『成敗』という言葉を掲げて…。
     人間というものは皆考えることは同じですね。
     また私達に、村を荒らすのをやめろと言いたいんですね。」
うな  「そ、そうらしいな。
     …俺達は違うけどな。」
なるべく傘を見ないようにしないと思うように喋れない。
だが、出てくるきのこが減ってきた事に気付いたということは、
それをこなせていないということを意味する。
きのこ様「確かに私達は一昔前までは逆の立場でした。
     食べるためだけのものとして随分と虐げられてきました。
     ですが、私達は上の方々に恨みはありません。
     私達が自然の食物連鎖の中にあることを理解していたからです。
     今盗賊行為をしているのは今生きるためです。他意は無いのですから――」
うな  「そんな長話を聞きに来たんじゃねーよ。
     早くぶっ潰させて貰うからな。気持ち悪いし。」
自分に言われていないとは分かっていても、ここまで言われる筋合いはない。
うなが放ったその言葉で、きのこ様の傘の活動が止んだ。
表情は変わっていないが、確かに『何か』を感じ取れた。
きのこ様「………」

うな  「かるび、ランチタイムだ!!!」
そう叫んで両手を大きく開いてその猛獣を解放する。
…今は夜だ。
かるびがきのこ様に向かった瞬間にすいか帽は素早く剣を抜く。
かるび 「燃火符!!」
あまりに勢い良く札を突き出したので、炎よりも先に札がきのこ様の傘に当たった。
そのままきのこ様は炎に包まれ…ればいいのだが、
いかんせん洞窟が極端に湿っているので殆どダメージは与えられなかったようだ。
炎はダメだ―――そう直感したときも、自分たちは勝利へ向かっていると思っていた。
すいか帽「氷斬破!!」
剣から独立して飛び出した氷の斬撃は空気をも凍らせながら一直線にきのこ様へ向かう。
今度は洞窟の湿度が功を奏したようだ。きのこ様の体のほぼ半分が凍り付いた。
うな  「さぁ、一気に留めをさしてやろうぜ!!」
三人は武器を構えるが、きのこ様は…
きのこ様「♪るーるーるるるる ららりららーー
      ららららりーらー らーらりらーらー♪」
うな  「…何をしているんだ?」
かるび 「歌っています。」
きのこ様「♪るるるる(ぱるぷん) るるりら(ぱるぷん)
      何が起こるか分からないー(らりらー)♪」
いつの間にか、先程きのこ様が生み出したきのこ生物たちも、
洞窟の内側にある無数の岩の足場でコーラスを始めている。
この歌の意味する事をすぐに直感できる三人ではなかった。
理解できたのは、きのこ様を覆う氷が爆音を合図に全て消え去ってからだった。
うな  「やばい、こいつの歌を止めろ!!」
 「氷斬破!」「炎の息!」「鎌鼬符!」
三人はきのこ様に攻撃する。
きのこ様「♪神様はー(るるる)いつだってー(るるる)
      私をー(ららら)見守ってー(りらりら)♪」
耳を劈くような爆音と共にきのこ様の前に眩い光の壁のようなものが現れ、
三人の技はその光に全て吸収されてしまった。
きのこ様「♪夜空のー(るるる)お星様ー(るるる)
      願い事を(ららら)叶えるのー(るるりららー)♪」
またも耳を劈く爆音がして、今度は宙に真っ黒な穴が現れる。
そこから巨大な岩…隕石が現れ、地面にその巨体を叩き付ける。
うな  「ふ、伏せろ!!!」
どれだけ伏せても無意味だった。
三人は爆発に巻き込まれて遠い反対側の岩壁まで叩き付けられた。
きのこ様は力無く壁からずり落ちる一同に遠くから向き直る。
きのこ様「…私達が生きるためです…グラビーガ!!」
どす黒い巨大な重力砲がゆっくりと一同に迫ってくる。
…もう半ば諦めかけていた。
体は全く動かない。
目の前には渦巻く重力が見て取れるほど重力砲は近付いてくる。
すいか帽は、目を閉じた――


?  「呪詛符!!!」
突然の声に驚いて目を見開いた。
目の前の重力砲が、横から突っついたようにへこんでいる。
そうなったかと思うと、渦巻く重力を分散させながらあらぬ方向へと吹き飛んでいった。
三人が気付いたのはその後だった。
その声が、聞き覚えがあるものだということを…。
うな  「お前は…アボカド!?」
アボカド「勝利を祝いに来たというのに、全く…。お前、修行の成果はどうしたというのだ?」
かるび 「………」
何故ここに?助けに来たの?
痛みで声が出ないかるびだったが、そうでなくても何も言えなかった。
アボカド「一度とは言え私に打ち勝ったお前達だ。
     お前達ならあのきのこ様を『成敗』できると思っていたのだがな…」
無表情の彼だったが、その瞳からは怒りや哀しみは無く、笑みすら感じられる。
この状況の中で、温かく優しい瞳をこちらに向けている。
きのこ様「またあなたなんですか…
     またそうやって『成敗』という言葉を掲げて、今度は助っ人まで連れて来て…
     私達はただ生きるために盗賊行為をしているだけなんですよ?」
遠くにいるきのこ様が、微動だにしないまま言う。
アボカド「お前自身は生きていれば満足なのかも知れないが…
     だがこちらは、お前が生きているから問題なのだ。
     盗賊行為をやめさせるための成敗と言ったが、厳密には違う。
     そう言えばお前も少しは納得すると思っていたのだがな…。」
以前にも陰陽師を名乗る方が――確かにきのこ様は先程そう言っていた。
まさかアボカドの事だったとは全く思ってもみなかった。
どこぞの勇者か誰かが遠い昔に成敗に来たという言い伝えなのだとばかり思っていた。
きのこ様「本当の理由とは何ですか?」
アボカド「お前がこの辺りに住み着いてからと言うもの、
     この山の頂上を覆っていた、陰陽術の会得に必要な魔力が薄れていった。
     お前が魔力を餌に際限なく肥大化する様子を見れば、犯人は言うまでもないだろう。
     そのせいで、最高の陰陽師を志して修行に来た者達が目的を果たせないのだ。」
それは、三人の修行もあまり意味がなかったことを意味していた。
三人にはそれを理解できなかったのが唯一の幸いだ。
きのこ様「そんな下らない理由で私を成敗するのですか?」
アボカド「そうやって否定的な返事をしてくるのは百も承知だ。
     だが、もう時が来たようだ。悪いが立ち退いてもらおうか。」
きのこ様「私達はここを立ち退くつもりはありませんが?」
アボカドは組んでいた腕を解いた。
アボカド「…そこの女、手を貸せ。」
かるび 「え…?」
不安げな顔で隣の二人を見ると、
二人とも、協力してやるというガッツポーズで返した。
痛む足を震わせながらも、かるびは歯を食いしばって立ち上がった。
アボカド「この山の魔力を餌にここまで肥大化したきのこ…だが、
     お前達が戦っている間にその魔力が漏れ出していたようだ。
     …利用できる。こちらに利があると見て間違いない。
     ――行くぞ!!」
かるび 「………。」
4人はきのこ様に武器を向けた。
こちら三人は既にボロボロだったが、強い眼差しできのこ様を見据える。
きのこ様の傘は揺らいでいるが生産活動は止んだままだ。
脇の大きな水たまりに、また一つ滴が滴り落ちる…。

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