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第50話 想いを届けるために

ジメジメとした洞窟に流れた、戦いの前の静寂。
それはすぐに取り払われた。
岩陰に隠れていた無数のきのこ生物がひょっこり姿を現してコーラスを始めた。
  「♪るーるーるるるる ららりららーー
    ららららりーらー らーらりらーらー♪」
もうじっとしている彼らではなかった。
もうバラバラで戦おうとるする彼らではなかった。
うな  「片っ端からぶっ潰せ!!」
言葉よりも足の方が早かった。
うなとすいか帽の猛攻撃の音が洞窟内に立て続けに鳴り響く。
そんな中、目の前で歌うきのこ様を前に仁王立ちして話す二人。
アボカド「お前は陰陽術の極意を知っているか?」
かるび 「……」
真剣に聞き入っている顔になっているが、彼女には質問の意味すら理解できていない。
アボカド「陰陽術は他の術とは違い、ただ何かに集中すればいいものではない。
     最初に必要なのは感情だ。お前たち人間の得意分野だな。
     一つの感情に集中すれば、自然の理が呼応して術となる。
     そうすれば、後は魔力や感情の強さで威力が決まる。
     お前はいつもどんな想いで陰陽術を使っているのだ?」
彼女はこの質問に対して全ての答えを挙げるのを無言でためらった。
かるび 「…焼き肉が食べたい……。」
そう言っても、彼は表情一つ変えない。
アボカド「そうか。ではこの場で教えよう。
     これがここでの陰陽術の修行の最終段階だと思え。」
二人はほぼ同時に右手を左肩の前まで上げ、横向きに人差し指と中指を合わせ、
その2本の指の間に力を集中させて札を出現させる。
2枚の札にはまだ何も描かれていない。
アボカド「一つ一つ、一度しか言わないから覚えておけ。」
かるび 「心を切り替える……。」
きのこ達の歌い声や男達の叫び声が響き続けている。
だが、精神を集中させるとその音も次第に小さくなっていった。
もう雑念に惑わされる彼女ではなかった。

アボカド「燃火符…悪しき心を焼き払う裁きの炎!!」
彼の札から出た炎は、生まれてこの方見たこともないような大きな炎だった。
かるび 「悪い心を焼き払う…」
今目の前にいるきのこ様は悪なのだろうか…
確かに生きるためという理由は大きい。
しかし、仲間を傷つけたのに変わりはない…
彼女の札に、豪快に燃えさかる炎を象った紋様が現れた。
かるび 「燃火符!!」
その炎もまた、アボカドのそれに引けを取らない程大きな炎だった。
二つの火炎が渦巻きながらきのこ様の傘を捉え、傘を黒々と焼き焦がした。
きのこ様「♪(るるるる)ぱるぷん (るるるら)ぱるぷん
      何が起こるか分からないー(らりらー)♪」
またも爆音が響き渡り、傘は元通りになった。
二人は歌い続けるきのこ様を殆ど無視して続ける。
今度はアボカド1人で攻撃する。
アボカド「鎌鼬符…己を阻む全てを吹き飛ばし切り裂く邁進の風!!」
彼の持つ新たな札に不規則に並ぶ三日月模様が現れ、強力な鎌鼬がきのこ様に向かう。
きのこ様「♪神様はー(るるる)どこにいてもー(るるるる)
      私達をー(ららら)守ってくれるのー(ららりら)♪」
驚くほど強大な鎌鼬も、その光り輝く壁を前に虚しく崩れていった。
きのこ様「♪星光るー(るるる)夜空からー(るるる)
      私たちをー(ららら)見守る光ー(ららりらりらー)♪」
どす黒い青の光の輪が爆音を合図に猛スピードで迫ってくる。
光の周りが歪んで見える。当たれば一溜まりもないだろう。だが二人は動かない。
アボカド「次はお前だ。凍結符…
     守るために盾となり、守るために敵を貫く護りの氷柱…」
かるびは聞いた通りに札に精神を集中させる。
今まで共に旅をしてきた、大切な仲間を守りたい…
彼女の札は次第に淡く澄んだ青い光を帯び始める。
かるび 「護りの氷柱…凍結符!!」
彼女の新たな札に歪な三角形が現れ、鋭利な刃と厚い盾を持ち合わせる氷柱が飛び出した。
いとも簡単に光の輪を弾き飛ばした氷柱はきのこ様の傘を貫き、全身を凍らせる。
アボカド「雷鳴符…混沌を憎んで哮り、遂に貫き滅ぼす雄渾の雷!!」
…今まで全く放つことが無かったわけだ。混沌や雄渾の意味が分からない。
彼の札に描かれた雷は実体化し、氷を取り払う途中のきのこ様を貫き包む。
その雷は周りのきのこ生物たちをも次々と貫いていく。
うな  「うわっ!!危ない!!」
うなの足元にあった拳大の岩が雷によって消し飛んだ。
だが二人は怯まずに、浮かんでいる札から目を離さないようにきのこ狩りを続ける。
アボカド「竜巻符…悪しき念を吹き飛ばし、悪しき身を切り刻む浄化の暴風…」
順番が来た。かるびは精神集中する。
悪者…世界にはまだまだ多くの悪者がいるのかも知れない。
だが、今目の前にいるのが最も悪しき敵…そう思って今まで戦ってきた。
かるび 「浄化の…竜巻符!!!」
竜巻の形に規則正しく並んだ三日月が描かれた札は、
地面滑るように飛び、回転しながら斬撃を伴う巨大な竜巻を放つ。
あの巨大なきのこ様が、氷の中で感電した状態のまま宙に高く浮かぶ。
そして斬撃は、纏っていた氷もろともきのこ様の体を切り刻んでいく。
アボカド「最後だ…!!」
二人は同時に札を構える。落ちるきのこ様の巨体の影が二人の足元に落ちる。
アボカド「呪詛符…罪を背負い憎悪を断ち切る破壊の言霊!!」
両者の札に丸い魔法陣のような物と無数の古代文字が浮かび上がる。
その真っ黒な紋様からは淡く白い光が漏れ出ている。
そしてその紋様は、札を突き出した勢いで一直線に落下するきのこ様に向かっていく。
2つの紋様は火花を散らせてぶつかり合いながらきのこ様に到達し、
一瞬だけ光が止んだかと思うと大爆発を起こした。
空に留まる爆煙の中から、きのこ様の巨体が力無く落下して地面に叩き付けられる。


きのこ様「今日はジメジメしてますね。」
むっくりと起き上がってそう言い放った。
彼の体はほとんど崩れかけている。しかし薄っぺらい表情は全く変化を見せない。
うな  「洞窟の中だからな。」
最後の力で立ち上がったきのこ様も、遂に砂塵を巻き上げながら倒れ込んだ。
周りのきのこ生物たちは、いつの間にやら姿を消していた。
動かなくなったきのこ様に近付くかるび。
かるび 「美味しそうですね。今日は土瓶蒸しですか?」
すいか帽「………」
うな  「……ふぅ。」
アボカド「…さぁ、長居は無用だ。早く洞窟を出るぞ。」
かるび 「何故ですか?」
呼び止めてもアボカドが止まらないので、3人は仕方なくついて行った。
うな  「何で人の休憩を邪魔するかなぁ。」
アボカド「言っただろう?戦っている間にも膨大な魔力が漏れ出ていたのだ。
     その内、この狭い洞窟にこの山の魔力が集中してしまう。
     その中にいれば、お前達は無事では済まないだろう。」
彼がその長い足で大股で歩くので、ついて歩くのは結構しんどい。
かるび 「魔力とは何ですか?食べられますか?」
アボカド「……先程から気になっていたのだが……
     お前はどうやって陰陽術を会得したのだ?
     誰かに教わったのか?それとも書物か?」
かるび 「分かりません。焼き肉の食材を探していただけです。」
目は生きているが、途方もなく惚けた表情がそのまま返事になった。
アボカド「…もし本当に自然に身に付いたのだとしたら、前代未聞の天才だ。
     私が教えたような初歩の初歩は、ごく簡単な書物にも記されていることだ。」
かるび 「そうなんですか?」
アボカド「…もしやお前、字が読めないのか…?」
かるび 「はい。食べ物の名前しか読めません。」
うな  「俺達の中で字を読めるのは俺だけだな。」
アボカド「……。」
眉間を指で押さえるアボカド。
話している内に4人は洞窟から脱出できた。
外は目が潰れるほど眩しく、干からびるほど乾燥していた。

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