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第51話 眠りから覚めて

3人は、きのこ生物の大群が村を襲う前に寝ていた宿屋で休むことにした。
自分達が散らかしたそのままの部屋に辿り着くやいなや、
何かが抜け出ていったかのようにベッドに倒れ込んだ。
彼ら3人の鼾が鳴り止んだのは半日以上も後のことであった。
その時、太陽は南の空高く昇っていたが、3人は出発できなかった。
きのこ様を退治した話はこの山頂の集落全体に伝わっていた。
誰が教えたでもないはずなのだが・・・。
数少ない住民の感謝のもてなしは丸一日に及んだ。
その間に3人は、きのこ生物たちを遙かに凌ぐ程の多さの料理をぺろりと平らげた。
数日間はまともに休めなかった3人は、やっと緊張をほぐすことが出来た。

だが、集落の食料庫に関する不穏な噂を小耳に挟んだ一同は、
住民達に惜しまれつつの下山となる内に山を去ることにした。
山を下り始めた矢先、立て札に寄りかかっていたアボカドと出会した。
アボカド「…もう行くのか。」
うな  「ああ。俺達はすいかを探さなくちゃならないからな。」
かるび 「ここの食べ物は全部食べてし――」
すいか帽に頭をつつかれたかるびは言葉を飲み込んでしまった。
アボカド「この前は礼を言い忘れた。
     退治の依頼を請けてもらったこと、感謝する。」
数日間食べてばかりで、きのこ様のことなど忘れるところだった。
うな  「最初に依頼したのは変な髭の爺さんだったけどな。」
アボカド「……ああ、そうだったな…」
彼は一瞬だけ目を僅かに見開いていた。
アボカド「…私は以前に一度だけあのきのこに挑んだ。
     だが、その時は負けてしまった。
     それから私はずっと修行を続けていたのだが、偶然そこにお前達が来たのだ。
     …お前達が私の復讐に協力したこと、礼の言葉も見つからん…。」
かるび 「お礼の言葉は"ありがとうございました"、です。」
うな  「そうじゃないだろ。」
アボカド「…もう行くのだろう?
     また何処かで会った時は、またお前達と一戦交えさせて貰おうか。」
かるび 「はい。何処かで。」
アボカド「…すいかが食べたい?
     ………そうか。…健闘を祈る。」
お互いに軽く手を振って、3人は山を下っていった。
すいか帽が振り返ったとき、彼の姿は無かった。


登りと同じく、魔物の気配を殆ど感じることなく下山した一行。
海岸線の岩場まで来たとき、テントが張られているのが目に入った。
中を覗いてみると、昼間だというのに神父がまだいびきをかいていた。
うなはその鼻提灯を無言で睨み付け、耳をつねった。
神父 「痛い痛い痛たいたいたたいたい!!! …何するんですか!」
かるび「もうお昼ご飯の時間です。」
うな 「船は直ってるんだろうな?」
見れば神父は、目の前にいるのがすいか帽達だという事に今気付いた様子だ。
神父 「も、もう帰ってきたんですか!?
    えぇと、じゅ、作業は順調に進んでますよ、えぇ。」
もうそれ以上の言葉は無くとも全てが理解できた。
そして後悔した。何故自分達は船の修繕を彼に任せてしまったのだろうか。
あの時はただ、一緒に居たくなかっただけだ。ならば何故船を任せられたのだろうか。
仕方なく4人で船の修繕を始めることにした。
だが、工具を持って船の前まで行ったとき、ある事に気が付いた。
…船が完全に直っていたのである。
うな 「…なんだ、直ってるじゃねーか。」
神父 「え?…え〜っと…そ、そう!そうなんですよ!
    いや〜、ちょっと無理した甲斐がありましたよ、ははは…」
かるび「誰が船を直したんでしょうか?」
神父 「―――え?」
うな 「本当だよな。こんな速く直せるヤツがいるんだな。」
神父 「…え〜っと………」
3人は神父を後目に船の周りを沿って歩き、修理された船体を観察している。
その時、すいか帽が足元の岩の隙間に何かを見つけた。
岩の苔の合間に落ちていて見分けにくいが、緑と黒の――勾玉のようだ。
すいか帽はそれを拾い上げて眺めてみた。
何が見えるわけでもないのだが。
うな 「すいか帽、何やってるんだ?もう行くぞ。」
勾玉の縁にハンバーガーが見える…。
すいか帽は勾玉をポケットに突っ込み、3人に続いて船に乗り込んだ。

船が河川を抜けて北へ進み出した頃、神父は床に地図を広げた。
北の方角に大きな大陸が描かれてあり、その中心よりも北北東に赤い印があった。
印には『神竜の祠』と書かれており、同じ大陸にマルメゾン、ノリエット、
そしてオーボンやキルフェボンが書かれてあったので、自分達がいた大陸だということが分かった。
神父  「さる魔王の住む城や陰陽師の修行山があったと言うことは、
     先程まで私達がいたのはこの大陸の辺りになりますね。」
そう言って、地図の南西に位置する、大きなL字形の河川で分断された大陸を指さした。
うな  「ふーん。」
神父  「そして、今私達がいるのはこの辺りです。」
今度はその南西の大陸の北の海の、今進んでいる海路を指でなぞって示した。
陰陽師の修行山から、まだそう遠くへは行っていないようだ。
その指の動き通り真っ直ぐ進めば、島にたどり着くようだ。
他の場所と同じく、その島にも名前が書かれてあった。
うな  「この島は…ロイズって名前か。」
すいか帽の故郷、ロイズ――鼓動が高鳴った。
神父  「すいかが食べたい?
     …そう言えばロイズでもすいかを育てているそうですね。
     今は時期的に難しいと思いますが…」
かるび 「・・・・・」
 バタンッ
何か大きなものが床に落ちる音がした。
音の正体は、地図から目を離した瞬間に判明した。
すいか帽「っ…!」
うな  「かるび!?どうしたんだ!?」
なんと、かるびが仰向けに倒れていたのだ。
赤らんだ苦しげな顔で、息も荒くなっている。
うな  「おかしいなぁ…さっきまではなんとも無かったのに…」
かるび 「うぅ・・・」
神父  「熱もあるみたいですね…この症状はまさか…」
すいか帽とうなは神父の顔を見た。
神父  「西瓜風邪…ではないでしょうか」
うな  「西瓜風邪?何だそれ?」
神父  「噂には聞いていましたが、これ程とは…。
     この病気は伝染性があって、
     西瓜畑のある地域で特に強く広まっていることからこの名前がついているようです。
     症状としては、特に高熱が酷く…」
うな  「症状なんかは見れば分かるだろ! どうやったら治るんだ?」
神父  「わ、分かりません、治し方までは…
     ロイズに近づいたのが原因だとは思いますが…
     …でも、おかしいですね。
     誰も西瓜風邪になっていないのに、何でかるびさんだけ西瓜風邪になるんでしょうか?」
伝染性のある風邪だと言うからには、どこかに感染源があるはずだ。
しかし、そこにいる誰にも心当たりすらない。
うな  「かるび、変な奴に会ったりしてないのか?」
かるび 「・・・・はぁ、はぁ、はぁ…」
否定の返事として、無言で首を横に振る。
うな  「すいか帽は?……なるほど、すいかが食べたいのか。」
神父  「と、とにかく、ロイズに行ってみれば何か治療法が分かるかもしれません。」
うな  「おいおい、そうしたら俺達まで西瓜風邪にかかってしまうんじゃねーのか?」
西瓜畑のある地域と言えば、今は単純に考えてもロイズしかない。
キルフェボンは既に滅ぼされているのだ。…50年前に。
神父  「ですが、苦しんでいるかるびさんをこのままにして置くわけにはいかないですよね?
     確かに危険ですが、その方がむしろ多くを得られるはずです。」
すいか帽「……。」
船はロイズへ向かってまっすぐ進んでいく。
船は知らない。この先に何があるのかを。
すいか帽の生まれの地は、刻一刻と近づいている。
すいか帽は、さる魔城で聞いた言葉を思い出した。
  (「困ったことがあったらいつでもロイズに来てもいいからね。」)

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