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第54話 復活に次ぐ復活

ここはオーボン城の城下町の外れ。
熱い太陽が照りつける中、草木も負けじと青色を放っている。
海の波は穏やかだった。
そう広くもない砂浜を撫でる波の上で小鳥が戯れている。
そして、その砂浜からやや離れた平野を歩く人影があった。
旅人「暑いな…」
??「ああ、本当に暑いな。」
旅人「私の国では夏でも涼しかったものだが…」
二つの声が言葉を交わしつつ進んでいる。
??「そうやって自分の国の話ばかり…
   もう少し目の前のことを考えたらどうなんだ?」
旅人「そうしたいのだが…こうも信じられないことばかり続くと…」
??「それもそうだな…俺達だけならまだしも、あの町…」
旅人「ポワンの町か…。思い出したくないものだ…」
??「町中の人間という人間が「すいかが食べたい」と言ってばかり…
   すっかりおかしくなってしまっていたな……一体何があったんだ?」
旅人「……あの言葉には何か特別な力でもあるのだろうか?」
??「ん? さぁな。
   迷いの森の方も、番人気取りの老人が通してくれないから、俺達は南下している。」
旅人「…うむ。やはり、今はオーボンに向かうことが先決だな。
   元来た道を戻るのも、やむを得まい。」
??「そう言うことだ。………にしても…」
旅人「暑いな…」
声は二つ。しかし、影は一つ。
その影の主は、この辺りでは誰も着ないような不思議な印象の服を纏っている男だった。
だが彼が腰に提げた剣だけは、装束の不思議さと不釣り合いなほどに平凡な剣である。
もう一つの声の主は…どこから聞こえてくるのだろうか?

彼は長い間歩いて、足を止めた。
旅人「…………」
??「なぁ、オーボン城まであとどのくらいあるんだ?」
旅人「………ここだ。」
??「何!?それは本当か!?」
旅人「地図を見る限りではここのようだ。
   …ところで、何も見当たらないのだが…?」
二つの声の主の前にあるのは、瓦礫の山のみ。
城下町の賑やかさなどは微塵もなく、静かな風の音しか聞こえてこない。
??「…はっ!! ということは、その地図が偽物なのか!?
   すっかり騙されたーーーっ!!」
旅人「そんな馬鹿な…
   …いや、あり得ない…この地図は絶対の信頼を誇る冒険者協会の地図だ。
   この地図に間違いなど…」
??「だったらこれをどう説明するんだ!?」
旅人「…なぜだ!?オーボンが破壊されたというのか!?」
二人の前にあるのは、地図にのみ名前の残る瓦礫の山。
冷静になってよく観察してみたが、生活の痕跡はほとんど残っていない。
原形を留めぬ瓦礫、腐りきった倒木、捲れ上がった地面、散乱する壷や小物の破片…。
他の人間の影どころか、自分より背の高い物は一つも無かった。
…いや、二つだけあった。
今まで生きていて、そんな探し物をしたことなど無かったので気付くのが遅れてしまった。
近づいてよく見てみると、不気味なほど真っ直ぐで四角い石だった。
一つのヒビもなく、光を反射することもなく、ただそこに立っている。
中にはぼんやりと影が見える。
旅人「この中にあるのは…やはり人間か。」
??「この妙な石は何だ?」
旅人「…これは『クローズ』の術だな。」
??「クローズ?」
旅人「ああ。その術を使う者として有名なのが、世界七魔王の一人であるかぎ魔王…
   全ての生物を石版として"無"に封じ込めるという恐ろしい技だ。」
??「つまり、この石版の中は"無"なのか。意味が分からんが…。
   周りはボロボロなのに、これだけ無傷で残ってるなんて気味が悪いな。」
旅人「ああ。だが、私はこの術を解除する技を持っている。」
??「何!?それは本当か!?」
旅人「ああ…。実際に使うのは初めてだが、試してみる事にしよう。
   いざというときに失敗するようでは困るしな。」
男は片方の石版に近づいた。
中にいる人間の肩に、縞模様のワッペンがあることに気がついた。
??「…ゴクリ。」
旅人「行くぞ……『開錠』!!!」
そう言うと男は両手を向かい合わせて力を込める。
手と手の間に白い光が満ち、石の上に黄金色の鍵のようなものが現れる。
手を高く上げ、そしてゆっくりと降ろすと、その鍵は石版の中に吸い込まれていった。
石版は瞬く間に縮み、そして薄れながら膨張して消えてしまった。
中にいた人間は鮮やかな色を取り戻し、その場で膝を落とした。
人間「う……あ………あ…あ…」
??「すげー……開いた…」
赤い髪に薄い青色のバンダナ。ワッペンの色は緑と黒…。色が戻って初めて判った。
人間「あ…暑い……めっちゃ…暑い……」
旅人「う〜ん…そ、そうだな。」
??「確かに暑いよな。」
人間「あ…い、石がもう一つ…?そうか、あいつもクローズで……良かった良か…
   …っ!!! か、かかか、かぎ魔王はどこだ!? まだいるのか!?」
石版の中にいた男は、突然血相を変えて辺りを見回した。
旅人「…かぎ魔王にやられたのか。ここには私達以外は誰もいない。安心しろ。
   …次はこっちか。『開錠』!!!」
人間「ふぅ…良かった。いないのか…………って、なっ!!!?」
男はもう一度両手を向かい合わせ、もう一つの石版に鍵を送る。
ワッペンの男はさらに血相を変えて彼に叫んだ。
人間「ま、まま待ってくれ…待つんだ!!そそその石版は開けるな!!!
   やめろ!!!あああ開けるんじゃない!!!やめてくれ!!!」
旅人「…何だと?」
時既に遅し。ワッペンの男の制止も虚しく、石版は消えてしまった。
人間「うわあああぁぁぁぁーーーー!!! もうだめだぁぁーー!!!!」
青ざめたまま頭を抱えて叫ぶワッペンの男。
目の前にいたのは、金髪で、背が高く、橙の服の男…
石版が開いてうなだれた後もしばらく動かなかったが、ぽつりと呟いた。
金髪「……かぎ…魔王…」
??「な、何だ何だ?」
金髪「かぎ魔王は……っ…、どこに行った…?」
旅人「何だ、お前もかぎ魔王にやられたのか。安心しろ、ここにはかぎ魔王はいない。」
その金髪の男は息も絶え絶え、地面を見つめたままだった。
だが、ゆっくりと顔を持ち上げ始めた。
金髪「…そう…か………う、ううう…暑い…暑い…ぜ……ぜぇ…はぁ…ふぅ…」
旅人「お前達が誰で、ここで何があったのかは知らないが、何か力になれることがあれば何でも…」
金髪「…なら……」
??「…?」
人間「お…おいぃ……や、やめ……」
金髪の男の顔はそのまま空を向き、そしてこちらを向いた。
そこに見えたのは、真っ赤に光る二つの瞳…
輝きつつも奥に闇の構える炎のような瞳……
その表情は殺気に満ちた恐ろしい表情だった。
旅人「な……っ!!?」
??「何だ……?」

金髪「お前の血を…よこせぇぇーーーーっ!!!」

一瞬の内に、二つの赤い瞳は旅人の目の前へと位置を変えた。
舞い上がった砂煙でできた一直線の道が、その移動が幻などではないことを物語っていた。
旅人(血だと!? この男、まさか…)
旅人「ぐっ…『加護』!!!」
二つの赤い光は、白い砂煙と共に黄色い光で遮られた。
次に現れたのは真っ白の光、それも刃物――いや、次に現れた鈍い白色で爪だと分かった。
黄色い光の向こうから来たそれは、黄色い光に触れた直後に向きを変え、左の頬を掠めていった。
頬から吹き出した鮮やかな赤色の血しぶきに、自分でも驚いてしまった。
たかが爪に恐ろしい切れ味…とても人間のものとは思えない。
金髪「ぅおらあぁぁぁぁーーーー!!!」
血相を変えて襲ってくる金髪男だが、光の奥の影の動きではっきりと分かる。
次の攻撃――またも爪。それも、同じく首を狙っての突き攻撃。やはり最初から命を狙っているようだ。
鋭い刃で真っ直ぐ突かれれば加護の光の効果は薄い。
効果の及ぶ範囲が小さくなってしまうからだ。他の防御手段が必要になる。
さすがに素手で斬撃は防げない。残された手段は…
旅人「まずいっ、頼んだ!!」
??「そいやぁっ!!!」
爪の軌道を遮るように横切る、鈍くも真っ直ぐな白い光。
旅人の腰に収まっていたはずの剣が独りでに飛び出したのだ。
ちょうど構えていた右手に剣の柄が収まった。
左手で剣の峰を支えた瞬間、爪の一撃が入った。金属同士がぶつかったかのような衝撃音だった。
金髪「っ!?」
??「こ、これはなかなか…っ!!」
旅人(な、何だこの力は……!?
   ……だ、だが…それにしては……いや、まさか…な。)
もしもこの剣がもう少し安物で、僅かに手前に引いて衝撃を吸収していなければ、
剣も体も、無いも同然に貫かれていたかも知れない。それ程の力だ。
足元に砂の山が出来たが、なんとか押し合いに持ち込めた。
剣に当たっているのは左手中指の爪の先の一点のみ。旅人は一気に弾き返した。
金髪男は数歩後ろに跳んで、すぐに地面を蹴り返して宙に高く跳んで迫ってきた。
そして、空に弧を描きながら体をひねって…
??「蹴りかっ!?」
蹴りなら加護の光でどうとでもなる。だが、足はそのままもう一回転してしまった。
金髪「『アルティマ』!!!」
回転に乗って突き出された右手から放たれたのは真っ黒な光の玉だった。
咄嗟に左に跳んで避けたが、地面に反射した衝撃波が旅人の体を吹き飛ばす。
だが、角度のついた瓦礫の足場の助けもあってすぐに体勢を立て直すことができた。
??「次は!?」
旅人「こいつだ!」
まっすぐ着地した金髪男は目を見開いたまま、爪を突き出してこちらに跳んできた。
金髪「血をよこせぇぇぇ゛ーーー!!!!」
旅人は素早くポケットから何かを取り出し、迫り来る金髪男に向けた。
旅人「くらえ……魔石『鎌鼬』!!」
その手に構えられた歪な形の石から、深緑の風の渦が吹き出した。
風と共に飛びだす斬撃は金髪男に向かって行くが、鋭い爪に次々と弾かれていく。
??「やっぱりダメか…!!」
旅人「いや…」
斬撃の内の一つが脚に傷を入れた。すると次第に金髪男の腕の動きが遅くなっていった。
そして、斬撃の内のいくつかが直撃した。
金髪男はそのままの速度で軌道を外れ、旅人の横を通り過ぎ、地面を滑って倒れてしまった。
??「あ……」

人間「っ――――――――――!!!!」
ワッペンの男は、戦闘が続いている間中、声にならない声でずっと叫んでいた。
顔面蒼白とは正にこのことである。
倒れた金髪男の方は倒れたまま呟く。
金髪「くそ…妙な剣を使う……しくじったか……」
??「妙な剣とか言うな!」
起き上がろうとする金髪男に、近づかずに距離を保ったまま剣を向ける旅人。
旅人「まさかとは思ったが、お前程の化け物が今の攻撃だけで倒れてしまうとはな。」
金髪「……くっ…日が沈みさえすれば、こんな事は……」
旅人「私達を襲ってきた理由は聞くまでもないだろうな…
   まずはお前がかぎ魔王にやられた理由を聞いておこうか。
   戦っていたのならその理由も、な。」
金髪「くっくっく…こっちはそうやってやたら詮索したがる理由を聞きたいところだ……」
??「…それは俺も気になるな。タキはこいつを知ってるのか?」
旅人「…まさか、お前は知らないのか?」
??「え……?」
旅人「こいつはな…」

その時、ワッペンの男の声が三人の会話を遮った。
人間「そいつはかげ魔王だ!!!」

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