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第55話 変化に次ぐ変化

ここはオーボン城の城下町の外れ。
熱い太陽が照りつける中、草木も負けじと青色を放っている。
海の波は穏やかだった。
そう広くもない砂浜を撫でる波の上で小鳥が戯れている。
そして、その砂浜の隣の岩場に止まる一隻の船の上には人影があった。
うな  「暑いな…」
神父  「ええ、本当に暑いですね。」
すいか帽「………」
船を下りた四人が言葉を交わしつつ進んでいる。
かるび 「ここはどこですか?」
神父  「さぁ……
     北に向かってたから、たぶんオーボンだと思いますけど…」
オーボンと聞いて、すいか帽の表情が暗くなった。
うな  「たぶんって…。案内役なんだからしっかりしてくれよ。」
神父  「ええっ!?私は案内役なんですかっ!?」
かるび 「そうなんです。」
うな  「方角が分かるのはお前だけだからな。」
三人とも地図の読み方を知らない。そもそも文字も満足に読めない者もいる。
神父  「そ、それが……
     方位磁針を…ロイズの宿屋に置き忘れてしまったらしくて……」
楽しげな小鳥のさえずり。
優しいさざ波の音。
撫でるような風の音。
ハンバーガーの怒鳴り声。
重く鈍い衝撃音。
空を飛ぶ神父の悲鳴。
…………
それ以外の音が全く無い。
かるび 「なんだか、静かですね。」
すいか帽「……。」
見渡す限りの瓦礫の山。生活の痕跡などほとんど残っていない。
原形を留めぬ瓦礫、腐りきった倒木、捲れ上がった地面、散乱する壷や小物の破片…。
他の人間の影どころか、自分より背の高い物は一つも無かった。
…いや、二つだけあった。空の色に溶け込んでいたせいか、すぐには分からなかった。
見覚えのある石…言うなれば石碑だろうか。
うな  「ああ、本当にオーボンだったのか…。
     これ、まだあるんだな…」
中に入っている人間の姿でようやく正体が分かった。
緑と黒の縞模様のワッペンを肩につけた少年…こちらはタヒチ。
金髪で、背が高く、橙の服の男…こちらはかげ魔王。
過去のオーボンにて、かぎ魔王の『クローズ』の術で封じ込められた時のものだ。
アボカドは50年前だと言ったが…未だに封じ込められたままだったようだ。
今の彼らにも、タヒチを助け出すことはできないようだ。
うな 「元の大陸に戻ってきたって訳か…。
    さて、どこに行けば良いんだ?
    竜の小玉がありそうな場所なんて……」
かるび「向こうに城があります。」
かるびが指さす方向、さほど遠くない場所に小さい城が見えた。
うな 「よし、あそこに行けば何か分かるかな?
    ……って、待てよ。確かあの城は前にも見たぞ。」
前回このオーボンに来たときも、彼らはこの城を訪れている。
亡きオーボンのすぐ隣で50年間もそのままなのだろうか。
かるび「でも、神父さんはあの城に落ちましたよ。」
うな 「は〜ぁ…またあそこに行くのかよ…」
三人は仕方なく城へ向かうことにした。

何度目だろうと城の小ささは変わらない。
三人は兵士に導かれ、王の前まで来た。
50年間も同じ王が同じ姿でいるはずがないと信じていた。
だが、そこにいたのは…
王様 「よくぞ来た。私に何の用かな?」
返事をするのも忘れてしまった。
かるび「全く同じ顔ですね。」
うな 「…じ、実はな、」
王様 「…お、おおぉ!!何という事じゃ!!」
50年前の王と瓜二つのその王様が突然叫びだした。反応まで同じだ。
王様 「お、お前達、何と素晴らしいハンバーガーを持っておるのじゃ!!
    こんな素晴らしいハンバーガーは見たことがない!!」
うな 「……また俺?」
兵士 「王様は美味しいハンバーガーに目がないのだ。
    その昔、先々代の王は一度だけ素晴らしいハンバーガーを見たそうだ。
    だが食べ損なってしまったらしく、来る日も来る日もその話をしていてな。
    その話を聞かされて育った王様は、いつしか美味しいハンバーガーを求めるようになったのだ。」
隣にいた兵士が半ば呆れながら話す。
なるほど、彼は前回に会った王様の子孫だったのだ。
どうやらその意思と容姿は完璧に受け継がれていたようだ。
ただ一つの誤りがあったのだが。
かるび「その王様が見たのはハンバーガーではなくハンバーグです。」
王様 「どっちでも良い、このハンバーガーを作ったのは誰じゃ?」
かるび「私が作りました。私の自信作です。」
うな 「パンを作ったのはモコだけどな。」
王様 「このハンバーガーを譲ってはくれないか?
    もちろん礼はする。」
あまりの興奮で鼻息が荒くなっている。
かるび「是非美味しく頂いて下さい。」
うな 「…ちょっと待てよ、これだとあの時と同じじゃないか」
かるび「ハンバーガーとして生を受け、
    美味しく食べられることは最高の幸せ。」
うなの脳裏に嫌な思い出が蘇る。
うな 「冗談じゃない! 逃げさせてもら…」
王様 「さて、こんなに素晴らしいハンバーガーを頂いたのだから、
    礼もこれに相応するもので無ければならんな。」
うな 「…あ……」
うなは踏みとどまった。どうせなら貰える物は貰っておこうと考えたのだ。
王様は兵士に何かを持ってこさせた。
布に乗せられたのは、小瓶に入った液体。うなには漠然と見覚えがあった。
王様 「これは「変化の薬」と言ってな、
    自分の姿を変化させられる代物だそうじゃ。
    私は怖くて使えなかったが、あなた方なら有意義に使えるだろう。」
うな 「ちょっと待て…その薬はどこで…?」
兵士 「北東にあるノリエットの村の地下から発掘されたそうだ。
    一緒に見つかった書物を調べたのだが、何に変化するのかだけは分からなかったんだ。」
うなの頭に過去の世界で会った科学者の顔が浮かび上がった。
うなの予想が正しければ、危険を冒してでもハンバーガーらしく振舞う価値は十分にあった。
かるび「これがあれば三人とも焼き肉になれますね。」
うな 「それはやめろ。」
王様 「さて、私はこれからお食事タイムなので、これでお別れじゃな。」
かるび「お腹いっぱい食べて下さい。」
うな 「また食われるのか…。」

すいか帽は、小瓶を受け取ったかるびと一緒に部屋から出て、城の出口へと向かう。
かるびと目が合ったが、すぐに目を逸らされてしまったので、仕方なく辺りを見回してみた。
すると、兵士が数人慌しく走っているのが見えた。
かるび「あ、あの……え〜と、す…すいか帽さん……
    二人きりに…なりましたね…」
兵士の動きを目で追ってみると…彼らが追いかけているのはあの神父だった。
かるび「私…すいか帽さんと旅をしてて……その…」
兵士A「侵入者だ!!追えーーーっ!!!」
兵士B「空から侵入したんだ、厄介な術を使うかもしれないぞ、気をつけろ!」
兵士C「よし、この先の部屋に追い詰めるぞ!!」
神父 「うわあぁーーっ!!!何でこんな事にーーっ!!?」
すいか帽は仕方なく、神父のいる所まで走った。
かるび「私、すいか帽さんを……
    ………あれ?」
その様子を独り呆然と見つめるかるび。
王様 「ぎゃぁーーーー!!!ハンバーガーが逃げたぁーーーー!!!」
かるびの後ろから、叫び声を追い風にうながやって来た。
うな 「早くその薬を!!」
うなは言うが早いかかるびの手から小瓶を奪い取り、すぐに口の中に流し込む。
何とも言えないまったりとした舌触り…などを味わっている内に、体から白い煙が噴き出す。
ハンバーガーは兎になった。
うな 「うさぎに戻れたー!」
泣きながら小躍りして喜びを噛み締めるうな。
うな 「今度は夢じゃない! 本当に戻ってる!
    よっしゃ、そろそろ逃げるぞかるび!
    …って、すいか帽はどこだ? それに、なんか元気なさそうだな。」
こちらに走ってくるすいか帽と神父の二人を力無く指差すかるび。
うな 「わざわざ連れて来なくても良いのに…。まぁいいか。逃げよう!」
四人は城から一目散に逃げ出した。


四人は海岸にとめた船へ向かうことにした。
この大陸でこれ以上得られるものは無いと判断したからだ。
だが、方位磁針が無いのは何とかしなければ…と、軽い気持ちで悩んでいたのだが…
砂浜の手前の瓦礫の山の辺りで何かが光った。そして暫く後、もう一度同じように光る。
神父 「ん…今何か光りましたか?」
そしてすぐに、穏やかな静寂に包まれていた廃墟に、
金属音を打ち鳴らすような音が鳴り響いた。
さらに、雲ひとつ無かった空に真っ黒な闇の球体が現れ、地面に突進する。
これはただ事ではない。
足を振るわせる神父を余所に、三人は何が起こっているのかを確かめるべくそちらに向かった。

走っている内にはっきりと見えるようになった。
人間が三人。自分たちがここを訪れてからの時間で擦れ違ったようだ。
…だが、目に見える異変のせいで嫌な予感がした。
うな 「お、おい…あの石はどこだ…?」
かるび「石焼ビビンバが作れなくなりました。」
クローズの石がどこにも見当たらない。"自分よりも背の高いもの"が一つもなくなっている。
となると、考えられる仮説はただ一つ。
かげ魔王とタヒチの封印が何者かによって解かれてしまったのではないか?
その"何者か"は、三人目の人間だろう。
見れば見るほど不安は募った。肩にワッペンの付いた少年と、金髪の男…
逃げなければ…と思ったが、様子がおかしい。
金髪の男は三人目の男に剣を向けられて倒れたままだ。
50年前の世界でのかぎ魔王とかげ魔王の互角の戦いを見せつけられた彼らにとって、
その光景はあまりにも不自然だった。
かるび 「何か…変ですね…。」
すいか帽「……」
神父  「あの人たちは何ですか? 戦っていたみたいですが…」
うな  「何ですか、じゃねーよ。あいつはな…」

その時、ワッペンの男の声が四人の会話を遮った。
タヒチ 「そいつはかげ魔王だ!!!」

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