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第57話 信念に次ぐ信念

広い海の上に、人間を知らないまま孤独に浮かぶ島。
四人の目の前には魔物の大群。
ここで後ろを振り向いても、見えるのは海と岩ばかり。
逃げ道は無く、言葉通りの背水の陣である。
うな  「それにしても…、多いよなぁ……」
タヒチ 「おい!今更弱気になるのかよ!」
そう叫びながらも声と膝が震えているタヒチ。
うな  「…そうだな。順番にやっていけば何とかなるって言ってたよな。逃げられたけど。」
近づいてくるにつれて、魔物たちの全容も明らかになってきた。
独りでに動くガイコツの剣士『ほね戦士』、剣の体を持つ魔物『吸血ブレイド』、
巨大な口が特徴の真っ赤な芋虫『火炎ローパー』、妖しく輝く黄金の蝶『黄金蝶』、
真っ青な体のきのこ生物『氷きのこ』、紫色のローブを纏った下級悪魔『黒術師』。
種類は様々で、さらに数も多い。数え直せば200体はいるかもしれない。
群れの後ろで中央に構えているのは紫色の巨大な豚の魔物『ぶたきんぐ』。あれが親玉だろうか。
すいか帽もうなも大勢を相手にする戦闘は慣れていない。
かるびの陰陽術があれば一掃出来るかもしれないのだが、彼女は行方不明。
頼みのタキとキバも、戻ってきてくれるという期待はできないだろう。
ここには自分達しかいない。
誰の助けも期待できない。
うな  「お前ら二人は何か良い技とか持ってないのか?」
タヒチ 「すごく便利な『開錠』があるぜっ!!」
青ざめた笑顔で答えるタヒチ。
うな  「まあいいや。行くぞすいか帽!!」
すいか帽「…。」

うなとすいか帽は剣を構え、同じラインで走り出した。
魔物たちはこちらの動きに気付くと、一斉に襲い掛かってきた。
相手は戦略的布陣など考えずに適当に分散している。
いちばん最初に接近してきたのは二体の青いきのこ生物だった。
二体の傘から放たれた霧状の胞子が吹雪のように地面に降り注ぐと、
空気を切り裂く衝撃音と共に地面が凍り始め、天を向いた氷柱のむしろが目の前まで迫ってくる。
うな  「『炎の息』!!」
口から吐き出した炎を、腕で払うように拡散させるうな。その熱で氷は溶けていく。
氷が再び霧に戻り、二人の姿を隠す。
すいか帽『2連撃!』
二振りの斬撃が霧を裂いたかと思うと、きのこ生物たちは真っ二つに切り裂かれてその場に落ちた。
うなを飛び越えたすいか帽の足元を、剣の体の魔物が通り抜けていく。
その魔物は、まるで剣士に操られているかのように身を翻し、うなに斬りかかる。
うな  「おりゃっ!」
右手の短剣で受け止めるうな。
体の軽い魔物だったが、何度弾き飛ばしてもすぐに舞い戻ってくる。
すいか帽はすぐ近くで二体のガイコツの剣士と戦っている。
うな  「くそ、ちょこまかと…」
その時、すぐ後ろで声がした。
タヒチ 「秘技、『応援』!」
放たれた金色の光の粒がうなの短剣に触れた途端、刃に沿って火花が輝きだした。
うな  「ええい、これでもくらえ!!」
もう一度剣を振ると魔物の刃が欠け、立て続けに放った次の攻撃で完全に砕けていった。
光の効果はすいか帽の剣にも宿っていた。無数の骨の破片が足元に散らばっていく。
うな  「サンキュー!」
タヒチ 「ああ、油断するなよ!
     あと、お前!逃げるなよ!」
神父  「ぐはっ!!」
タヒチは神父の後ろ首の襟を掴んで引き戻す。本当に逃げようとしていたようだ。
神父  「いや〜…私は足手まといなんじゃないかな〜、と……」
タヒチ 「いいから援護しろ!囮でもいいから!」
そう言って背中を押して突き飛ばす。
目の前で氷きのこが微笑み、こちらに飛びかかってくる。
神父  「ひぃぃっ!」
素早く杖を取り出して闇雲に振り回す神父。
神父  「『殴焦火』!! 『殴焦火』!!」
杖の先の宝石から火炎が吹き出し、氷きのこの体が杖の軌道に沿って消し飛んだ。
神父  「本当に火が出るんですね……初めて使いましたよ」
安心した矢先、地面の下から巨大な赤芋虫が口を開いたまま飛び出してきた。
神父  「うわあああああーーー!!! 『殴焦火』!! 『殴焦火』ぁぁー!!」
地面を掻き分けながら猛然と迫ってくる火炎ローパー。同じ速度で後ろに走りながら杖を振り回す神父。
しかし、杖の炎は火炎ローパーの殻を焼くどころか、その体に染み込んでいくばかりだ。全く効いていない。
さらに悪いことに、ずっと後ろ向きに走っていたので、
もう一体の火炎ローパーに背中からぶつかってしまった。
神父  「熱っ!! …って、ぎゃあああああーーー!!!」
大きく息を吸い込む二体の火炎ローパー。口の中が赤く輝く。
次の瞬間、彼の真上を一つの影が走り、すいか帽の姿が神父のすぐ傍に現れた。
よく見ると剣を振り切っている…と思った瞬間、二体の火炎ローパーは斬撃に沿って崩れていった。
神父  「………はふぅ…」
彼の様子も確認せずに次の魔物へと斬りかかっていくすいか帽。
神父  「さすが剣使い…私には到底まね出来な……あ!」
魔物の群れの中で大剣を振り続けるすいか帽。
その群れの少し後ろで呪文詠唱をする魔物がいた。黒いローブの陰から見える口の動きで分かった。
すぐにもう一本の杖を取り出す神父。
神父  「あれは阻止するべきですね。『ペイン』!!」
杖の先の水晶玉に白い光が集まり、球となって放たれる。
黒術師 「『燃火…ッ…!」
命中すると、魔物の手に現れた札は完成しないまま消えていった。
よく見れば、同じ種類の魔物が他にもかなりいる。神父は珍しく気合を入れる。
神父  「『ペイン』!! もう一発!! はぁっ!!」
妙なポーズを取りながら光の弾を乱れ撃ちする神父。それらは奇怪なカーブを描きながらも全て命中していく。

うな  「あいつ、やればできるじゃねーか…。今までのは何だったんだ…」
今しがた、剣の魔物をさらにもう一体倒したうな。もう何体目か数えるのを諦めた頃だ。
次にこちらに向かってきたのは、黄金に輝く蝶。
今まで遠くにいたので分からなかったが、うなとほぼ同じ大きさだった。
うな  「なんだコイツはーーっ!!」
叫びながら短剣を振るうな。しかし、ひらひらと身を翻してかわされてしまう。
しかも、近くにいた同じ魔物がわらわらと集まってくる。
うな  「くそ、『炎の息』!!」
狙いを定めないまま打ち水のように炎を放つ。ほとんどの蝶が羽を焼かれて落下する。
全て落ちたと思ったが、何体かが頭上から舞い降りてきた。
金色の羽から放たれる紫色の霧。
息を吐いたばかりだったので息を止めることもできず、そのまま吸い込んでしまった。
うな  「ぐっ…!!」
霧を吸い込んだ途端、立っていられないほどの目眩と体の痺れに襲われた。
あまりの痺れに、短剣を手放して膝を落とすうな。
タヒチ 「うな!! い、今すぐ解毒魔法を…!」
うな  「それより…、後ろ…!」
タヒチ 「へ?」
振り向くと、そこには火炎ローパーがほぼ全身を地上に出して待ち構えていた。
タヒチ 「あ…うわあああーーーー!!!」
その大きな口から炎の塊を連発する火炎ローパー。
タヒチは無理のある動きをしながら間一髪でかわす…が、一発だけ背中を掠めてしまった。
タヒチ 「熱っ!!あちちちちち!!!」
服に引火した炎をもみ消すために地面を転げまわるタヒチ。
しかし火炎ローパーの攻撃は止まない。地面を転げまわりながら避け続けるしかなかった。
神父  「すいか帽さん!うなさんとタヒチさんが…!」
すいか帽「!!」
異変に気付いた二人は、すぐに二人の元へ駆け寄る。
神父  「『ペイン』!」
すいか帽『氷斬破!』
光の弾は黄金蝶を、氷の斬撃は火炎ローパーを退けた。
だが、安心するのは早かった。
黒術師 「『闇渦符』!」
黒いローブの魔物の札からどす黒い紙吹雪のような闇が放たれた。
すいか帽は危険を察知してすぐに姿勢を低くしたが、他の面々はそこまで気が回っていなかった。
タヒチ 「へ?」
神父  「あ、あれは!!」
毒でしゃがみこんでいたうなはともかく、タヒチと神父は直撃をくらい、
目の周りにゼリーのような闇がべったりとまとわり付いた。
二人 「「…うわああああーーーーっ!!!」」
タヒチ 「目が…目がぁ…!!」
神父  「うぐぐ…な、何も見えない…!」
どうやら目が見えなくなる魔法のようだ。
うな  「お前ら…できるだけ動くなよ……くっ…!」
なんとか立ち上がったうなだが、顔色は普段より青く、立っているだけでやっとのようだ。


剣の魔物が飛びかかってくる。すいか帽が弾き飛ばす。
骨の魔物が飛びかかってくる。すいか帽が斬り飛ばす。
蝶の魔物が飛びかかってくる。すいか帽が斬り落とす。
魔物の数は一向に減らない。
体中に切り傷や火傷を負い、さらに暑さのせいもあって体力の限界だった。
大剣を持つ腕が激しく震えている。
武者震いなどではない。肉体の疲労なのか、それとも恐怖なのか、両方か。
タヒチ 「くっ…こんな所で…」
神父  「うう…何故こんな事に…」
孤立無援。背水の陣。肉体だけでなく精神までどうにかなりそうだった。
事実、視界がぼやけて魔物の数が倍に見えてしまっている。
雲が太陽を隠す度に落ちる影は、魔物たち姿をより恐ろしく感じさせる。
もう肉体のダメージを抜きにしても足が動かなかった。
頭の中を絶望が支配してゆく。
うな  「…ぐぐ…かるびさえいれば、回復もできたのに…」
今、かるびがここにいれば勝てるだろうか?
もちろん勝てる。
かるびはここに現れるだろうか?
分からない。
かるびはどこにいるのだろうか?
分からない。
かるびは何をしているのだろうか?
分からない。
かるびのために今出来ることは何だろうか?
…………分かる。

すいか帽の脳裏に、かるびが病と闘っていた時の姿が浮かんだ。
陰陽師の修行山やさる時空で離れ離れになった後に再開した時の嬉しそうな顔が浮かんだ。
すいか帽が魔物に傷つけられたときの怒りの表情が浮かんだ。
一緒に旅をしていたときに何度も見せた笑顔が浮かんだ。
自分達が今かるびのために出来ること…それなら分かる。
うなと二人で生き残ること。
しかし、生き残るだけでは駄目なのだ。
捜し出して再会すること。
彼女の笑顔を守ること。
そこまでやらなければならない。
それが出来れば、こちらの勝利だ。
この勝負は、負けられない。

すいか帽は、ぶら下げていた腕を持ち上げ、大剣を両手でもう一度握りなおした。
ポケットの中の勾玉が輝き始めた。
…さる魔王の城を離れるときにモコにもらった勾玉だ。
勾玉が持つ記憶がすいか帽の頭に、そして体に流れ込んだような気がした。
大切なものを守るために剣を振るった剣豪の記憶。
平和を脅かす魔物を、ただひたすらに斬って斬って斬って……そして、斬る。
剣を真っ直ぐ構えたすいか帽は、仁王立ちのまま魔物の大群を真っ直ぐ見据える。
すいか帽の体の周りで、突風が渦巻いた。
タヒチ 「…うおっ……なんだこの風は!?」
剣を左右に振り払い、そして剣を真上に構える。
その瞬間、風がピタリと止んだ…が、掲げた剣を振り下ろした瞬間。
すいか帽『旋風舞!!』
渦巻いていた突風が四方八方に散らばった。
刃となった風は、地面の草を切り裂きながら魔物たちに迫る。
魔物たちは皆思わず目をつぶり防御の体勢をとる。
しかしその抵抗も虚しく、風の斬撃に切り刻まれていく魔物たち。
さらに、すいか帽の体が風に乗り、一足飛びに魔物たちの懐へと入っていく。
再び目を開ける暇も無いまま次々と真っ二つになっていく魔物たち。
まるで舞を舞っているかのように敵を斬り続けるすいか帽。
やがて、無数の斬撃により魔物は指で数えられる程度を残して消え去った。
すいか帽は竜巻のような風に乗ったまま、親玉である豚の魔物の元へ飛び込んでいく。
しかし豚の魔物は激しく暴れてすいか帽を弾き飛ばした。
剣がその肉を削っていることもお構い無しに、さらに突進してくる魔物。
正面から軸をずらして避ける…そう構えた時、魔物は突然身を縮めた。
魔物は地面を削り取りながら、その巨体を勢いよく宙に放った。
分厚い放物線を描きながら迫る巨体を、すいか帽は真上に跳んで避けた。
風はすいか帽と共に空へ向かう。豚の魔物が地面から吹き飛ばした砂塵は空に吸い込まれていく。
砂塵が全て空に飲み込まれた時、風は再びピタリと止んだ。
すいか帽は剣を振り下ろす。
すいか帽『吸血剣!!』
剣が豚の魔物の体に突き刺さった瞬間、魔物の体から無数の赤い光が飛び出し、無数の放物線を描いた。
光は球となりしばらく魔物の周りを浮遊し、音も無くすいか帽の体へと吸い込まれていった。
それと同時に、すいか帽の体の傷が徐々に癒えていく。
光の球が尽きた頃、豚の魔物はその場に倒れて地面を揺らした。
ぶた  「ブウゥゥゥーー………」
どうやら力尽きてしまったようだ。
僅かに残った魔物たちはその様子を呆然と見ていたが、
地響きと同時に震え上がって逃げていった。

戦いは終わった。
足から力が抜けて、その場に倒れこむすいか帽。
空の雲は一つ残らず消えうせて、沈み始めた太陽もじりじりと地面を焼いていた。
もう波の音しか聞こえない。
そしていつしか、その音さえも聞こえなくなっていった。
一度掻き乱された静寂が、今取り戻された。

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